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藤前干潟の現状

NPO法人藤前干潟を守る会 梅村幸稔

2022年、今年で藤前干潟がラムサール条約に登録されて20周年となります。保全活動が始まってからだと、もう40年ちかい月日が経とうとしています。

当時、保全活動の先頭を走ってきた諸先輩方も老齢となり、なかには亡くなった方もおられます。代わって現在の藤前干潟にかかわる人たちの中には、干潟が保全された後の年に生まれた若い世代も多くなってきました。

◆状況が大きく変化

1999年にごみ埋め立ての計画が中止され、2002年にラムサール条約に登録、藤前干潟に関わるさまざまな事柄がこの20年で大きく変化してきたことを実感しています。

その大きな変化の一つとして、干潟の泥質変化と、それに起因すると思われる底生生物の激減、そしてシギ・チドリ類やカモ類の渡来数減少があります。

2000年に名古屋市とその周辺地域で東海豪雨と呼ばれる大雨が降りました。その雨は市内や周辺地域に洪水など大きな被害をあたえました。その後、洪水などに対する防災対策として市内を流れる河川では大掛かりな浚(しゆん)渫(せつ)が行われました。干潟に流れ込む庄内川や新川でも大掛かりな堤防補強工事や浚渫が行われ、因果関係は特定できませんが、この頃から急速に干潟の底質は泥砂質から一気に砂質化してしまい、ゴカイやヤマトオサガニなど干潟の生きものも激減してしまいました。影響は現在も続いていて、藤前干潟の新川に面したエリアはいまだ泥がたまらず砂質の状態にいます。

写真1-1
砂質化した藤前干潟

さらには干潟の干出形状にも変化がみられるようになりました。実際に測量をしているわけではないのでどれほど形状が変わったかを数値で見る術がありませんが、新川に面した部分が大きく浸食され、西に傾いた三角形になりつつあります。あわせて干潟そのものが小さくなっているのか、大潮の干潮時でも干潟の干出面積が予定潮位よりも狭く感じるようになりました。

もともと名古屋港は木曽三川や庄内川などから流入する土砂の堆積が多く、港湾機能を維持するためには年中浚渫を続ける必要があります。藤前干潟の沖にもコンテナ埠頭やフェリーターミナルがあるため数年ごとに浚渫がおこなわれます。そのたびに干潟の堆積土が流されますが、浚渫をしない数年で再堆積して干潟の再生が繰り返してきました。

しかし近年は大雨や台風などに対する災害対策で、河口よりさらに上流域でも浚渫をするようになり、このことが干潟の堆積土や形状に影響を与えていることが想像つきます。

良いか悪いか判断に悩みますが、浚渫で河口域の水深が深くなったため、特に冬季には満潮時にスナメリが干潟のエリアへ入ってくることも多くなりました。さらにこれまで干潟でほとんど見られなかった、アサリやマテなどの海水域の生きものも採集されることが多くなり、塩分濃度の変化も進んでいるようです。

干潟の底質や塩分濃度が大きく変わってしまいましたが、ここ十数年ほど前からハマシギやトウネンなども以前の比にはなりませんが戻ってきました。しかし、彼らが食べているのはゴカイなどではなく、ヨコエビ類やゴマツボ類などの微小巻貝類のようです。しかし満足いく食事ができないのか、干潟が干出しても採餌に飛来しない時もあります。

逆に個体数が群を抜いて増えているのがミサゴやカンムリカイツブリなどです。浚渫の影響で干潟周辺の浅海域に魚が増えたという説がありますが、原因は不明です。浚渫が干潟にどれくらいの影響を与えているのかはわかりませんが、干潟の生きものを観察していると底質や塩分濃度の変化はかなり大きいように感じます。

2000年の東海豪雨後の浚渫の後、干潟の環境は大きく悪化しましたが、その後付近で大きな浚渫がなかったためか、数年でわずかながら底質が安定して生きものも回復しました。

防災事業なのでやむを得ない部分もありますが、干潟の環境回復のため今後数年程度は干潟周辺での浚渫がないことを願う次第です。


JAWAN通信 No.138 2022年2月28日発行から転載)