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諫早湾調整池のトリック

諫早湾の干潟を守る諫早地区共同センター 大島弘三

1997年の潮受け堤防の完成で、有明海・諫早湾に、農水省が580haの干拓農地とともに約2600haの調整池という名の淡水湖を造りました。諫早湾にあった約3000haの干潟と海が潮受け堤防で閉め切られ、多くの生き物たちは生きる術を失いました。

今、有明海と諫早湾の漁業は「悲惨」という言葉が当てはまるほど壊滅的な状況で、本来なら後継者となる若者が県外に就職を求めているのが現状です。その中で特徴的な話題を3つ紹介します。

写真3-1

1.有明海と諫早湾:底生動物の現状

潮受け堤防の開門を求めるのは漁業者だけではありません。自然と環境の破壊に危機感を持って、市民による開門請求の活動があり、大学の研究者の有明海と調整池の実態調査は現在も継続しています。

調査の結果を紹介します。引用文献は次のとおりです。東幹夫・佐藤慎一「諫早湾閉め切り以降の有明海底生動物の消長」2016年、諫早湾開門研究者会議編『諫早湾の水門開放から有明海の再生へ』有明海漁民・市民ネットワーク発行(81-92)。

この調査は静岡大学の佐藤慎一先生が主体となって、毎年、有明海と調整池の底泥(海底の泥)を採取し、その泥のなかに棲んでいる生き物(ヨコエビなどの底生動物)の数や泥の性状を調べています。

グラフ(図1)を見れば、特徴的な事実に気づきます。2002年4月に国による短期開門調査があり、満潮の時、一時的に海水を入れました。同年6月の調査データではヨコエビをはじめ、底生動物の数が一気に増加しています。開門は27日間で終わり、その後は急激に底生動物の姿は消え、現在に至っています。

この事実は有明海、特に排水門に隣接する諫早湾の魚貝類にも反映しました。

小長井の漁師は「開門した年はアサリが一気に獲れだした。そしてすぐに獲れなくなった」と述べています。

図3-1
図1 有明海と調整池の底生動物生息調査結果

2.有明海の漁獲量は増えている?

私はこのタイトルに大きくクエスチョンマークを付けます。

図2は、長崎県がホームページで示している有明海の漁獲量の推移です。「ノリの生産量は一貫して増加傾向にある」と表現しています。

有明海では毎年「赤潮」が多発し、佐賀県川副のノリ漁師はノリの生育と収穫に苦労してきました。彼はこう証言しています。

「生活を維持するためには、生産量ば増やんばいかん。従来、廃棄していた『色落ちノリ』も収穫。さらに量を確保するために、嫁さんにも船に乗ってもらい、朝早くから夜まで働きよる。役人は数字だけ見て、『量の増えとるけん、良かろうもん』と単純に考えている。『赤潮の多発する海』とはどういうものなのか。なぜ赤潮が出るのか。他の魚、貝類に影響はないのか」

同じグラフでは、貝類、魚類は低迷しています。かつて貝類の一番の稼ぎだったタイラギは2012年から獲れなくなり、現在は漁獲ゼロ。同じくアゲマキは1992年からゼロです。

今年7月3日、最高裁から福岡高裁へ差し戻された公判では、国(農水省)が「漁獲量は増加傾向にある」と主張した、と報道されました。

以下に報道を引用します。

「国の資料によると、97年に2702トンだった総漁獲量は12年の929トンまで減少傾向が続くが、13年から増加傾向に転じ17年に3239トンとなった。しかし、97年と17年で比較可能な19種のうち14種は減少し、車エビやコノシロなど12種は半分以下になった。増加したのは『その他のエビ類』と『マダイ』の2種。特に芝エビが主となる『その他のエビ類』は、97年の96トンが、17年に約25倍の2464トンへ急増し、全体の約75%を占めるまでになった」

有明の漁師は証言します。「タイラギは休漁が続き、コノシロやシバエビ、ビゼンクラゲを獲って生計を立てている」と。

昔は安くて目にも留めなかったシバエビ、クラゲなどをみんなで獲って生活しています。魚も貝もいなければ、シバエビを獲るしか方法はありません。海の現場に目を向けず、パソコンの数字だけで給料を貰えるお役人に誰も文句を言う者はいません。裁判官も議員も一蓮托生か。

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図2 有明海における漁獲量の推移

3.「見えないダム」は諫早の調整池を守ってくれない

このところの日本列島を襲う集中豪雨で、全国の河川とダムは悲鳴を上げています。

2018年7月6日、諫早地方では3日からの4日間で405ミリの降雨を観測。潮受け堤防の内側、雲仙市吾妻町山田の干拓地の水田は3日間冠水しました(写真1)。

写真3-2
写真1 山田第一工区

今年2020年7月6日から10日、5日間で666ミリ降りました。今年の雨に関し、現地のメディアの一つは自治会の会長に取材し、「見えないダムが守ってくれた」と報道しました。

2018年は小潮のため、排水門からの放流が出来なかったので冠水が生じました。一方、今年は大潮が幸いし、調整池の排水がスムーズに出来たので水害から免れました。

いずれも1日当たり100ミリあまりの降雨という同じ条件でも、大潮と小潮が決め手となり、堤防内側の干拓地、水田、後背地の水田、畑さらに宅地の運命が左右されます。

今、列島各地では異常気象に当面しながらダムや堤防のあり方が議論されています。すり鉢状に山に囲まれた諫早湾では、日間200ミリあるいは400ミリの雨は日常的になります。雨への対策と市民への周知が、行政あるいは議会、メディアの役割であると提言します。

図3-3
図3 諫早湾の潮位、諫早の降水量、調整池の水位(2018年7月3日~7月7日)

(JAWAN通信 No.132 2020年8月30日発行から転載)
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