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「豊饒の有明海をとりもどすには開門しかない」

─諫早湾開門訴訟の最高裁弁論 漁業者が訴え─


長崎県の国営諫早湾干拓事業をめぐり、潮受け堤防排水門の開門を命じた確定判決の無効化を国が求めた請求異議訴訟の上告審弁論が7月26日、最高裁第二小法廷でひらかれた。漁業者は「豊穣の有明海をとりもどすには開門するしかない」と主張。国側は漁業者敗訴とした二審判決の維持を求めた。判決日は後日指定となった。

◆「農業と漁業が両立する環境を」

諫早湾潮受け堤防の開門の是非をめぐっては、おなじ最高裁第二小法廷が今年6月、別の二つの訴訟をめぐり、「開門を認めない」とする初判断をしめした。だが、国が「開門命令」と「開門禁止」の真逆の義務を負うねじれ状態は依然としてつづいている。

今回の訴訟は、国に5年間の常時開門を命じた2010年の確定判決にたいし、国が漁業者に開門を強制しないよう求めた請求異議訴訟である。国は一審佐賀地裁で敗訴した。しかし2018年の二審福岡高裁は、「漁業権はすでに消滅し、漁業者の開門を求める権利もなくなった」と判断し、確定判決の効力を事実上無効とする国の逆転勝訴とした。そのため漁業者側が上告していた。

弁論では、漁業者側の吉野隆二郎弁護士が「国が確定判決を守らないことを裁判所が認めるのであれば、誰も裁判所など信用しなくなる」と指摘し、二審判決の破棄を訴えた。また、干拓地営農者が開門を求めて提訴している現状もふまえ、「話しあいによる解決へ向けた適切な判断をおこなうことを期待する」とのべた。

国側は、漁業者が訴訟を立ち上げた時点の漁業権は「10年の免許期間の経過で消滅した」と主張し、確定判決を一方的に否定した。開門を認めない二審判決の維持を求めた。

佐賀県の漁業者、平方宣清さん(66)は「有明海を再生するためには開門しかない」とのべた。そして、干拓地の農業への影響を防ぐための対策を講じて開門し、農業と漁業が両立する環境をとりもどすことを望んでいる、と訴えた。国側が主張する漁業権10年消滅論については、「私たちにとって漁業権は何十年も継続してきたもので、10年で消滅するなど考えたこともない」と批判した。

この請求異議訴訟は今回の弁論で結審した。判決期日は「おって指定」(後日指定)となった。

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最高裁に向かう「よみがえれ!有明訴訟」の原告と弁護団=2019年7月26日

◆漁師に生きる権利を認めない漁業権10年消滅論

閉廷後、漁業者側は衆議院第一議員会館で記者会見と報告集会をひらいた。集会には

220人が参加。

漁業者の平方宣清さん(前出)は、「安定した収入を得ていたタイラギ漁は、諫早湾の潮受け堤防閉め切りによって漁獲量が激減した。このままでは漁民は生活ができなくなる。なんとしてでもこの干拓事業を見直してもらいたい」とのべた。

長崎県の漁業者、松本正明さん(67)は、国が主張する漁業権10年消滅論をこう批判した。

「私は漁業をはじめて50年になる。これまで漁業権が10年で消えるというのは手続き上のことであって、じっさいに消滅するとは思っていなかった。10年消滅論は、私たち漁業者は生きていく権利がないと言うのとおなじだ。納得できない。10年消滅論でいけば、たとえば埋め立て計画がもちあがったとき、そこで生活している漁業者はなにもいえなくなる。それをいちばん危惧している。みなさんの協力をえて10年消滅論を消したい」

「よみがえれ!有明訴訟」弁護団の馬奈木昭雄団長は、「最高裁は問題解決の展望を何もしめさなかった。最高裁がいかなる態度をしめそうと、私たちは有明海再生まで力をあわせてがんばりぬく」と決意をのべた。


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最高裁前の集会で話す漁業者側弁護団長の馬奈木昭雄弁護士
報告集会の発言(要旨)

◇屈服したら有明海は再生できない

佐賀県の漁業者 平方宣清さん

私は先祖から有明海で漁船漁業をつづけてきた。私たちの組合をひっぱってきたのはタイラギ潜水器漁だ。魚は逃げてどこで獲れるのかわからないが、貝は逃げない。そこにいるのを収穫するので安定した収入を得ることができた。

しかし1997年の諫早湾潮受け堤防閉め切り後に異常な赤潮が発生し、漁獲量が激減した。漁港では多くの魚が死んで浮いた。干潮時に干潟を見に行ったら、無数の魚介類が死んでいた。その光景をみたとき、国は罪なことをした。このままでは漁民は生活ができなくなる。なんとしてでもこの干拓事業を見直してもらいたい──。そのような思いがふつふつとわいてきた。

赤潮が発生して多くの魚介類が死滅したとき、組合は話しあいの場を至急もうけてほしいと国に要望した。しかし国は、「この赤潮は干拓事業とは関係がない。地球温暖化のせいだ」と言って、私たち漁業者の声を聞いてくれなかった。私は原告になることをきめた。

その間、組合員同士の争いもあった。「原告になったら、いろいろな公共事業が組合からなくなってしまう」「お前が原告になったら、その補償はだれがするのか。お前が補償するのか」。そのように脅されることもあった。それに屈服したら、有明海は再生できない。国と堂々とわたりあわなければ有明海は再生できない。そのような強い思いで原告としてたたかってきた。

佐賀地裁で開門判決がでたあと、福岡高裁で開門判決が確定した。これでやっと漁業者は昔のような海で豊かな生活がおくれるのではないかと期待した。しかし農水省は、共同漁業権の期間は10年という法律を曲げて漁業権10年消滅論をもちだし、開門判決をくつがえしてしまった。このような国にたいして怒り心頭だ。

私たち漁民の権利を守るために、今後もしっかりがんばっていかなければならない。そういう強い思いがある。だが、国を動かすためには、私たち漁民だけではとうてい力が足りない。いま、全国の沿岸漁業者が私たちにエールをおくってくれている。私たちにとっては大きな力だ。しかし漁業者だけで日本の沿岸漁業を守ることはできない。「漁業者がんばれ」「漁業者ががんばるのだったら、私たちも応援するぞ」──。国民からその声がほしい。そうしないと、私たちは国に負けてしまう。沿岸漁業者が消えてしまう。漁業者以外の多くの国民から支持をいただき、有明海4県と全国の沿岸漁業者の生活の場をしっかりきずいていきたい。みなさまのご支援を今後もよろしくお願いします。

◇国民の結束した力で有明を再生させよう

よみがえれ!有明訴訟

弁護団長 馬奈木昭雄さん

きょうの最高裁弁論の結果をどうみるか。考え方はいろいろあると思うが、けっして私たちにとって希望のもてるいい話だったとは思っていない。それはやっぱりおかしい、ということは何回もくりかえし申しあげたい。

最高裁からなんらかの話があれば、私たちはそれに誠実に対応する。しかし、100億円の基金案をのめ、それしか議論しない、という話だったらお断りする。その議論は、長崎地裁と福岡高裁で1年以上もつづけた。議論をした結果、100億円の基金案ではなんの足しにもならないという結論になっている。

私たちは「国営諫早干拓事業差し止め」弁護団ではない。「よみがえれ!有明」弁護団だ。有明は、長崎、佐賀、福岡、熊本の4県にわたっている。この4県の地域を地域住民のために回復したい、再生させたいという願いをかかげている。

そのためには、なによりも地域全体の合意形成が必要だ。権力をふりかざした側が強制力を発動して物事をきめていく。それで社会がなりたつわけがない。みんなが意見をだしあって合意を形成していく。裁判所はそれにふさわしい場だ。裁判所がその役割を放棄したら日本の民主主義はありえない。ところが、最高裁は問題解決の展望を何もしめさなかった。

強権力の意志をしゃにむに押しつけられる社会は近代市民社会の姿ではない。いわんや、裁判所が、最高裁が、国家の政策を忖度(そんたく)して、それにしたがった判断をしていく。そんなことがあっていいわけがない。

漁業権10年消滅論というのは、国がいま漁業法を改悪している中身そのものである。一言でいうと、戦後の民主主義を根底から否定するものである。農業でいうと、農地改革だ。現場の農民が自分の田畑を耕作する権利を確立する。それを、日本の国家権力と大企業は一歩一歩奪ってきた。

漁業権も、現場で漁をしている人の権利を守る。その権利を確立するというのが、戦後の漁業法改正のいちばん大きな眼目だった。戦前は行政が漁業をとりしきっていた。それを現場の漁民の手にとりもどすというのが、戦後の漁業法のいちばんの肝(きも)である。それをこんど、国はなんと言ったか。漁業権は国が漁民に与えた権利だ。10年という期限をそえて与えたのだから、10年たてば消滅するのが当たり前だ、と言った。おそるべきことに、裁判所も「そうだ、そうだ」と言った。

そのあと、どさくさにまぎれて、国会のなかで議論らしい議論をせずに漁業法の改悪が成立した。つまり、私に言わせると、最高裁はもはや忖度の域をこえて国の政策の先取り、露払いをしている。そこまで司法は退廃の域に達した。

それではどうするか。日本の民主主義や国民の権利について、日本国憲法にはなんと書いてあるか。権利というのはけっして国がつくって国民に与えたものではない。国民がみずからの力でたたかいとってきたものである。多年にわたる人類の努力の成果だ。だから、権利は日本国民の不断の努力によって保持しなければならない。日本国憲法はそう記している。

権利を守ることは、裁判所におまかせしたらいいということではない。国民が不断に、絶え間ない努力によって守らなければならないということだ。

当然のことながら、最高裁がいかなる態度をしめそうと、私たちは有明再生までがんばりぬく。漁民のみなさんと力をあわせてがんばりぬく。さらに、全国のみなさんと力をあわせて権利を守りぬく。国民みんなの結束した力で有明を再生させるまでがんばりましょう。

写真1-3
220人が参加した報告集会=7月26日、衆議院第一議員会館
(JAWAN通信 No.128 2019年8月30日発行から転載)

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