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変わりゆくふるさとの風景

─いよいよ本格化 北陸新幹線工事─

NPO法人ウエットランド中池見 笹木智惠子

北陸新幹線工事概況

 北陸新幹線の建設計画は、昭和45年(1970)公布の全国新幹線鉄道整備法に基づき47年に決定された整備計画(5路線=整備新幹線)から始まった。その後、国鉄の財政悪化により、政府は57年に整備新幹線建設計画の当面見合わせを閣議決定した。が、国鉄の分割民営化(昭和62年4月1日)直前の1月30日に当面見合わせを変更、63年には整備新幹線5路線の着工優先順位を決定。平成9年(1997)に高崎-長野間、27年には長野-金沢間が開業となった。そして、延伸工事も当面は金沢-福井間、または南越(仮称)駅までと思っていたところ、平成24年(2012)6月29日、金沢-敦賀間の工事実施計画に国土交通大臣が認可を出した。7月に開催される第11回ラムサール条約締約国会議において環境省が新規登録として中池見湿地(敦賀市)など9カ所の湿地名を告示したのと同日であったという。このことを知ったのは、締約国会議での登録認定書授与式に参加して帰国した直後であった。その後のことについてはすでに報告しているので、ここでは省略する。
 現在、金沢-敦賀間で工事がいっせいに行われており、2023年春の開業を目指している。

中池見周辺ルートは変更させたが

 中池見湿地がラムサール条約登録湿地になると同時に国交大臣から着工認可が出た北陸新幹線中池見ルートは、私たち関係者を仰天させた。中池見湿地の地形的特徴である袋状埋積谷の口部分「後谷」のど真ん中を斜断するというルートである。湿地本体とは異なる生態系を有する棚田状の細長い谷が破壊されると景観的にも中池見の価値が半減するという箇所でもある。
 直ちに詳細なルートを確認すべく情報収集に奔走した。だが、8月24日からの市役所でのルート図縦覧までまったく情報がなかった。8月19日の起工式後に公表、地元説明会という案配であった。またこの認可ルートに対する機構側のコメントは、「人家への影響を避けるため。高速走行を可能にするため」とし、「環境事後調査を行うも、結果によるルート変更はない」というものだった。
 詳細ルートを確認した私たちは、後谷消滅回避のための行動を起こした。まず関係方面にルート情報と消滅の危機を伝え、協力を求めた。これに対して日本自然保護協会、日本湿地ネットワークはじめ国内の多くの自然保護団体が呼応してくれ、ルート変更の要望書等を国交大臣、環境大臣および鉄道・運輸機構理事長あてに提出。さらに海外からは国際自然保護連合(IUCN)地域理事、国際湿地保全連合(IMCG)事業部長、ラムサール条約事務局からはアジア・オセアニア上席担当官を伴って事務局長がじきじきに現地視察に来日、ルート変更や危惧するコメントなど、ルート変更要望への大きな後押しとなった。
 これらを受けて機構が設置した環境事後調査検討委員会は、「中池見湿地近傍の深山内のトンネル並びに後谷部については、アセスルートに変更し、環境影響を回避、あるいは、より低減できるように配慮されることが望ましい」と提言。「環境事後調査を行うも、結果によるルート変更はない」と強弁していた機構もルート変更を検討、先に大臣認可を得たルート(旧認可ルート)とアセス調査時に示していたルート(アセスルート)の折衷案に近いルートを設定し、改めて大臣認可申請を行い、平成27年(2015)5月8日に変更ルートで認可を受けた。
 一番心配していた後谷消滅を回避、変更したというものの、ルートは依然としてラムサール条約登録範囲を出ることなく、相変わらず集水域の中を通り、トンネルを掘削するという。湿地への地下水環境にどのように影響するか予測できず、希少な泥炭層への影響が懸念されている。見えない所だけに、影響が見えてからでは取り返しのつかないことになるからだ。今後、現地で水環境の挙動を注意深く監視していくしかないと考えている。

図5

消える遺跡「大蔵北遺跡」と歴史のみち

 ルートが決定したものの、深山トンネルの敦賀側出口をアセス時とほぼ同じ位置としたため、大蔵寺裏山の同寺の古い墓地を通ることとなった。同地はかつて大蔵寺とその末寺、吉祥院と持明院のあった所とされており、山腹は中世からの墓地となっている。古くは室町時代のものも見られるといわれていて、江戸期の気比神宮神官の墓所ともなっているエリアである。そこがトンネル出口の工事や橋脚のために破壊されるということで、福井県は平成29年(2017)8月から遺跡として発掘調査を行い、今年度も8月から12月まで追加調査を行っている。
 調査は福井県埋蔵文化財調査センターが発注、滋賀県の業者が発掘作業を行い、遺跡名は「大蔵北遺跡」と名付けられ、「敦賀の代表的存在である気比神宮の中世の様相を解き明かす重要な資料となる遺跡です」と掲載されている。また郷土誌には「大蔵集落北部山麓一帯は真言宗古義派大蔵寺および山上墓地に占められ、東山麓大坂地籍とともに、古くから霊域であった」と、また「大椋神社は鎮護国家の神、気比神宮東方鎮護社」(敦賀郡東郷村誌 1973)と記載されており、この辺り一帯は古来よりの神域、霊域であったようである。大椋神社は集落入口に当たる場所にある延喜式に記載されている古い社である。
 また大椋神社から大蔵集落、大蔵寺墓地を通り中池見、天筒山へと繋がる歴史的な古道について、私たちは赤線(公道=里道)との認識から歴史的なみちとして工事後も残るよう機構に説明、働きかけを行ってきた。しかし、調べた結果、残念ながら公道、里道ではなかったとのことから消える可能性が高くなっている。大蔵寺側の必要ないとの回答と敦賀市も公道でないからとのこと。天筒山から中池見湿地までの中部北陸自然歩道の歴史を偲ぶ脇ルートとして、また余座池見を横切っていく新幹線を上から眺められるルートとして最適と思っていただけに残念なことである。
 この道は、足利軍が高ノ師泰を頭にして新田義貞や気比氏らが守る天筒山城を攻め落した時、大椋神社に集結した軍勢を一気に駆け上らせたというルートと思われ、堀切の細い尾根で足を滑らせた兵が中池見、余座池見に落ちたとも言われている、歴史ロマンに満ちた山路なのである。
 機構側は、私たちの要望を理解して工事後に何らか取り付け道ができないかを検討してみると回答している。この回答に期待しているところである。

フォローアップ委と環境管理計画

 ルート変更は実現したものの、相変わらずラムサール条約登録範囲、集水域を通ることから、私たちは工事に当たってはラムサール条約決議Ⅹ.17(環境影響評価および戦略的環境影響評価:科学技術手引きの改訂版)に則った「環境管理計画」を策定するよう要望。
 機構が設置した北陸新幹線、中池見湿地付近モニタリング調査等フォローアップ委員会(以下「フォローアップ委員会」という)においても委員から策定の必要性が示され、検討されてきた。
 機構のホームページ上で公表された「北陸新幹線、中池見湿地付近深山トンネル等工事に係る環境管理計画」は21ページにわたる。第1部:環境管理計画の概要、第2部:取組の具体的な内容と2部構成となっている。同時に要約版もアップされ、「環境管理計画の策定について」「これまでの経緯」「計画の目的・基本方針」「基本方針に対する具体的な取組」とポイントがまとめられている。
 「環境管理計画の策定について」で策定に至った概要が次のようにまとめられている。
 ◆平成28年11月に開催した「北陸新幹線、中池見湿地付近モニタリング調査等フォローアップ委員会(以下「フォローアップ委員会」という)(第1回)において、ラムサール条約登録湿地に影響を及ぼす事業を行う場合は環境管理計画の策定を行うべきという意見を受けて、フォローアップ委員会(第2回、第3回)において、その素案の内容を審議した。
 ◆審議結果及びにステークホルダーとの意見交換の結果、今般、環境管理計画の策定に至った。その目的は「中池見湿地に及ぼす環境影響の一層の回避・低減を目指す」とし、基本方針を「①事業の実施による環境影響に不確実性を伴う事項に対しては、予防的措置を講じる。②万一、不測の影響が生じた場合の緊急対策をあらかじめ定める。③アセスの事後調査検討委員会で実施を前提としている環境保全措置は適切に実施する」としている。
 この間、私たち関係市民団体もステークホルダーとして機構側と意見交換を行い、要望や指摘を行ってきた。また、非公開としていた委員会も第3回から傍聴可となり、やや開かれた感がある。
 事後調査検討委員会、フォローアップ委員会の議事録・資料類および提言、環境管理計画本文および要約版は機構HP(鉄道・運輸機構-整備新幹線-北陸新幹線)にすべて公開されているので参照を。

突貫工事の陰で

 2012年夏に着工した金沢-敦賀間114.4km。うちトンネルが36.5km(約32%)、高架橋57.9km(約50%)、橋梁16.3km(約15%)、路盤3.2km(約3%)と説明されている。トンネルの最長は新北陸トンネルの20km、ほか第2福井が3447m、柿原が2493mなど。橋梁の主なものは、第2竹田川が423m、九頭竜川が410mなどとなっている。また、その間の駅は、小松・加賀温泉・芦原温泉・福井・南越(仮称)となっている。
 これらの工事がいっせいに始まったのでいろいろと支障が生じている。大規模な東北の復興工事にオリンピック関連工事が重なり、業界では大変なことになっている中での大工事が始まったのだ。車両、重機類が、機材・生コンが、人手が足りないと騒いでいる。一方、これらのことから費用も高騰し、建設費は現在の1兆1858億円から1兆4121億円と2263億円膨張予定とのこと。果たしてそれでおさまるのかも疑問だが、その財源探しで攻防が本格化している。そのツケは開業後の私たちにかかってくるのだ。また運搬車不足、安くということで全国からナンバーダンプが大量に入り込んできているが関係当局は黙認状態とか、生コン不足に仮設プラント2カ所をとか、裏話が流れている昨今である。とにかく2023年春開業の目標で現場は突貫の様子の北陸新幹線工事である。
 その陰でふるさとの風景が日々変貌していく。地図上では1本の線が、現地では約12m幅の路盤敷設となり、工事現場では幅50m近くが改変されている。工事後に現状復帰を行うとしているが、果たして一度改変された自然が、景色がどの程度戻るのか疑問なところである。

深山トンネル着工を前に

 2012年の着工認可、ルート公表以来6年が経過した。その間、地元団体として情報発信と問題点回避の啓発に努めてきた。お陰様で多くの心ある皆さんの力添えを得て、一度認可されたルートを変更させることができ、中池見湿地の重要なエリア、後谷を消滅から守ることができたが、登録範囲を回避させることができなかったことは残念である。また“中池見は水がいのち”をアピールし続けたことによって、機構をはじめ委員会委員や関係者に認識をいただき、トンネル施工についても全周シールド(トンネル内に地下水が入り込まないようにトンネル全周を遮水シートでくるむ)方式を採用するなど工法に工夫が凝らされた。そして工事に際しては、ラムサール条約登録範囲内ということから同条約決議の規定に則った環境管理計画を策定することができた。これは日本初となる試みで、試行錯誤のうえ成案を得たが、私たちにはまだ十分とはいえない部分がある。今後はこれが絵に描いた餅とならないよう、実効性が求められるところであり、監視をしていくことが必要である。
 ともあれ、少しでも不安材料を減らせるよう啓発し、活動してきた。いよいよ深山トンネルの掘削が始まる。慎重に成り行きを見守り、変化がないかを注意深く観察していきたい。

写真5上
深山トンネル敦賀側出口(余座池見)の工事前
写真5下
深山トンネル敦賀側出口(余座池見)の現在
(JAWAN通信 No.125 2018年11月30日発行から転載)

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