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ラムサール登録をめぐる不都合な真実

─条約締約国の責務を放棄した環境省─

中山敏則

 第13回ラムサール条約締約国会議(COP13)が今年10月にドバイでひらかれ、2カ所がラムサール条約に登録された。葛西海浜公園(東京都江戸川区)と志津川湾(宮城県南三陸町)である。これで国内の登録湿地は52カ所となった。葛西海浜公園は東京都ではじめての登録である。しかし喜んでばかりはいられない。日本のラムサール条約登録は重大な欠陥をもっている。「登録しやすいところを登録する」「危機に瀕する湿地は登録されない」というしくみである。

危機に瀕する湿地は登録されない

 ラムサール条約の本来の目的は、多様な生物を育む湿地を保護することである。破壊の脅威にさらされている重要湿地を国際協力で守ろうというものだ。
 ラムサール条約加盟国には、登録湿地だけでなく、すべての湿地の保護が義務づけられている(条約第4条)。ところが日本政府はそれを無視している。ラムサール条約締約国に課せられた義務や国際的責任を放棄しているといっても過言ではない。
 日本では「地元自治体などの賛意」が登録条件のひとつとなっている。しかし、開発工事によって湿地を消失・悪化させているのは大半が自治体である。日本の自治体の多くは湿地保全よりも開発を重視している。その典型は三番瀬だ。したがって、自治体などの賛意を登録条件とするかぎり、開発にさらされている重要湿地のラムサール登録はすすまない。これは「ストーカーの同意を得なければストーカー被害者を守ることはできない」というのとおなじである。本来登録されるべき湿地、あるいは優先度の高い湿地が登録されないしくみになっている。
 環境省との交渉で私たちはこの点の是正を求めている。しかし環境省は「地元自治体などの賛意が得られなければラムサール条約湿地には登録できない」の一点ばりである。これでは、重要湿地はあいかわらず消失・悪化がすすむことになる。日本政府はラムサール条約締約国の責務をはたしていない。

「登録しやすいところを登録する」

 ラムサール登録にかんする環境省の方針は「登録しやすいところを登録する」である。すでに法制度によって恒久保全措置が講じられている湿地をつぎつぎとラムサール条約に登録している。宮島(世界遺産登録地)、秋吉台地下水系(国の特別天然記念物・秋芳洞)、芳ヶ平湿地群(上信越高原国立公園)などである。
 宮島を登録したさいは、瀬戸内海の環境保全活動をすすめている環瀬戸内海会議のメンバーから批判の声があがった。「われわれが登録を求めている干潟は登録しようとしない。その一方で、すでに世界遺産登録によって恒久保全の法的措置がとられている宮島を登録した。宮島の登録はだれも要求していなかった。環境省は恥ずかしくないのか」と。
 すでに恒久保全の法的措置が講じられているという点は葛西海浜公園もおなじである。葛西海浜公園は東京都の海上公園条例によって恒久保全措置が講じられていた。開発などが条例で規制されていたのである。他方で、開発の危機にさらされている湿地はこれまで1カ所もラムサール条約に登録されていない。 
 環境省の担当者は2014年、ラムサール登録について「今後は量より質を重視する」と表明した。ラムサール条約湿地が50カ所に達したら、あまり増やさないということである。じっさいに、今年10月のCOP13では2カ所しか登録しなかった。ラムサール条約湿地潜在候補地として172カ所もあげているのに、である。

図4-3

三番瀬の登録気運に水をさした環境省

 三番瀬では、2008年3月に船橋市漁協がラムサール登録賛成決議をあげた。これ以降、船橋側海域の部分先行登録(段階的登録)の気運が高まった。この気運に水をさしたのは環境省である。
 いきさつはこうだ。千葉県知事の諮問機関「三番瀬再生会議」の第24回会合が2008年6月にひらかれた。この会合において、再生会議の「ラムサール条約登録ワーキンググループ(WG)」が段階的登録を提案した。大野一敏委員(当時は船橋市漁協組合長)も部分先行登録をつよく求めた。
 三番瀬保全団体や企業などが結成した「三番瀬のラムサール条約登録を実現する会」も同年10月、船橋海域の先行登録にとりくむことをきめた。このほか、地元の船橋、市川、浦安3市で構成する京葉広域行政連絡協議会が森田知事にたいし、三番瀬ラムサール条約登録推進の要望書を提出した(2010年3月2日)。
 ところが2010年12月、環境省は「三番瀬を分割しての登録は考えていない」「船橋部分のみの登録は認められず、段階的な登録の場合は全体登録に向けて具体的な道筋がついている必要がある」との見解を示した。この環境省見解によって、先行登録の気運は断たれてしまった。環境省の否定的見解は千葉県の意向を受けてのものと推察される。
 そのあと、船橋市漁協はラムサール条約登録にかんする方針を転換した。大野一敏さんが組合長をつとめていた時期はラムサール登録推進の立場を貫いた。しかし、2012年6月の総会で大野さんは組合長を退任させられ、滝口宜彦氏が組合長に就任した。その後、船橋市漁協は登録反対の姿勢に転換した。2012年12月に臨時総会を開き、三番瀬のラムサール条約登録を推進するとした2008年3月の議決を否認した。その背景には開発推進勢力のまきかえしがある。
 今年10月のCOP13において、環境省は円山川下流域・周辺水田(兵庫県豊岡市)のラムサール条約登録区域を530haから1094haに拡張した。三番瀬の段階的登録を否定した環境省の見解は一貫性がない。

第二湾岸道路建設をあきらめない千葉県と国交省

 千葉県は第二東京湾岸道路を県政の重要課題としてかかげている。第二湾岸道路は、浦安から千葉市までの埋め立て地はすべて8車線の用地が確保されている。しかし三番瀬で中ぶらりんになっているため建設できない。
 三番瀬を通る第二湾岸道路の建設計画を県が発表したのは1993年だ。以来、三番瀬保全団体は第二湾岸道路の建設を25年間くいとめてきた。だが、国交省と県は第二湾岸道路の建設をあきらめない。今年3月、第8回「千葉県湾岸地域渋滞ボトルネック検討WG(ワーキンググループ)」をひらいた。このWGにおいて、国交省千葉工事事務所が「湾岸地域における新たな道路網計画」を提案した。県の道路計画課も「新たな自動車専用道路」の必要性を提示した。そこで三番瀬保全8団体は4月、国交省千葉国道事務所と県道路計画課を相手に交渉した。千葉国道事務所と県
 は、「新たな自動車専用道路」が第二湾岸道路であることを否定しなかった。
 県は第二湾岸道路の早期具体化を国に毎年要望している。今年も「平成31年度国の施策に対する重点提案・要望」を6月に提出した。そのなかに「第二東京湾岸道路の早期具体化」を盛りこんだ。
 このように、三番瀬は第二湾岸道路建設の危機にさらされつづけている。しかし環境省は、県が同意しなければ三番瀬をラムサール条約に登録できない、と言いつづけている。第二湾岸道路を通そうとしている千葉県が三番瀬の登録に同意するわけがない。ラムサール条約湿地になれば第二湾岸道路を建設できなくなるからだ。
 三番瀬は日本有数の渡り鳥の中継地である。そんな重要湿地に千葉県と国交省は道路を通そうとしている。環境省はラムサール条約に登録しようとしない。これが日本の環境行政の実態である。

図4-1

減少・悪化が続く日本の湿地

 日本の湿地は減少が著しくすすんでいる。国土地理院によると、日本に存在する湿地は約821km2で、明治・大正時代の40%足らずでしかない。この間に琵琶湖の面積の2倍に当たる約1290k㎡の湿地が破壊されたことになる。調査のとりまとめは2000年なので、いまではもっと少なくなっている。
 環境省が2016年4月に発表した調査・分析結果によれば、重要湿地のなかで生物分類群ごとの視点でみた961湿地のうち823湿地について情報を得られ、そのうち524湿地は「悪化傾向」にあるとされている。 「悪化傾向」とされる524湿地のうち、劣化要因の情報があった368湿地について主たる要因を分類したところ、「開発など人間活動による危機」(埋め立てなど)が54%を占めている。このような減少・悪化を止めることが環境行政の役割である。しかしこれまでみたように、環境省などはその責務を放棄している。

図4-2
(JAWAN通信 No.125 2018年11月30日発行から転載)

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