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里山を大規模に破壊

〜車のテストコースでトヨタと愛知県〜

21世紀の巨大開発を考える会 織田重己さんに聞く


 東京ドーム141個分、皇居の5.7倍という巨大開発の工事が、愛知県の自然豊かな里山をズタズタに壊しながら進んでいます。日本一の大企業・トヨタのテストコース造成です。反対運動をつづけてきた「21世紀の巨大開発を考える会」の織田重己さんに話を聞きました。

◆予定地は生物多様性の宝庫

──造成中のトヨタテストコースは、面積がとてつもなく広いですね。

 【織田】そのとおりだ。予定地は、愛知県三河地方のほぼ中央、旧下山村(豊田市)と旧額田町(岡崎市)にまたがる660ヘクタールの里山である。同じ面積を東京の山手線内にあてはめると、新宿から皇居までが敷地に含まれるという広大なものになっている。
 そのうち270ヘクタールを削り、2キロの直線路や6キロの周回路など試作車のテストコース、研究開発棟、実験棟、管理棟などを10年かけて造る計画である。
 予定地は、約9割が山林、約1割が水田という里地里山である。生態系がたいへん豊かな場所だ。県の環境影響評価(アセスメント)では絶滅危惧種のミゾゴイ、サシバ、ヨタカなどが確認された。とくミゾゴイは、世界で1000羽程度といわれる希少種である。

写真6-1
トヨタテストコースの予定地では、自然豊かな里山を壊しながら工事が進んでいる=2015年10月22日撮影
写真6-2
絶滅危惧種ミゾゴイの営巣(織田重己さん提供)

◆自治体が丸ごと支援

 ──愛知県企業庁が用地買収と造成工事を肩代わりしているようですが。
 
 【織田】用地買収と造成工事を請け負ったのは県企業庁である。そのうち用地買収については、豊田市と岡崎市の職員が地権者などへの説得にあたった。
 県企業庁は2007年に地権者説明会を実施し、翌08年に補償条件を提示した。
 地権者の中で最後まで用地買収に応じなかったAさんはこう述べている。
 「愛知県企業庁の職員や岡崎市の職員が、土地を売るよう自宅まで何度も説得しに来た。しかし、トヨタという一民間企業のために愛知県が“地上げ屋”のようなマネをするのはどう考えてもおかしい。彼らが『売ってくれ』というのは私が祖父から相続した岡崎市内の土地だ。イノシシのヌタ場(泥浴びする水溜り)があるなど、大自然に囲まれた豊かな里山である」(『フライデー』2012年3月30日号)
 しかし、ほとんどの地権者が買収に応じた。予定地の地主は748人もいたが、売却を拒んだのはAさんただ一人だった。「親戚筋などからたいへんな圧力があった」と話す人もいる。
 トヨタは、20年以上前の1987〜88年にも同予定地(当時は下山村)の開発を計画した。しかし、地権者の猛烈な反対にあって頓挫した。
 その後、2005年に豊田市が下山村を吸収合併した。また、高齢化や後継者難などにより林業経営をつづけることがむずかしくなった。これらが開発にとって有利に働いた。
 県が開発を請け負ったことも大きい。予定地には保安林や砂防指定地があるので、伐採や開発は制限されている。ここを開発する場合は公共性が求められるので、民間企業の営利目的では開発がむずかしい。ところが、県(企業庁)が開発の主体となったため、制限の解除や煩雑な手続きがスムーズに進んだ。トヨタは、民間では困難なことを行政に肩代わりさせたということである。
 地元の豊田市も、トヨタテストコースの開発を推進するため、総合企画部内に開発課を設置した。2007年のことである。豊田市がテストコースのために4年間で費やした費用は、人件費だけで4億8000万円(のベ48人分)を超えた。今後も、周辺の道路拡張工事に対し莫大な公費投入を見込んでいる。
 こうした点については、豊田市議会のなかで、「一企業の施設のために、行政が自然を切り刻んでよいのか」「もうかっている大企業に政治・行政の特別の援助はいらないはずだ」という批判がだされた。しかし、無視である。
 

写真6-3
里山と水田が広がる予定地(織田重己さん提供)

◆自社都合が第一

 ──なぜ、トヨタは自然豊かな里山を開発予定地に選んだのですか。
 
 【織田】トヨタはすでに、本社(愛知県豊田市)のほか、士別試験場(北海道士別市)と東富士研究所(静岡県裾野市)に研究開発施設を持っている。しかし、トヨタは「従来の技術の延長では解決できない先進的な技術開発を加速するには、新たな研究開発拠点が必要」と説明している。
 私は、「新たなテストコースは、三河湾の埋め立て地にあるトヨタ田原工場の敷地と駐車場を使えばよい。この埋め立て地には広大な遊休地がある」と提案した。
 ところがトヨタは、本社に近い場所がいいということで、広大な里山を選んだ。自然環境や生物多様性よりも自社の都合が第一ということである。

図6-1 図6-2

◆COP10の国際合意を踏みにじる

 ──愛知県では2010年に生物多様性第10回締約国会議(COP10)が開かれ、生物多様性を保全することの大切さが強調されました。
 
 【織田】愛知県とトヨタはCOP10に深くかかわった。愛知県はCOP10のホストをつとめた。そのCOP10では、日本の里山が世界に誇れる生物多様性の宝庫であることが認められた。そして、「人間の手が入ることで維持されてきた環境と生物多様性の保全と持続的な利用」をうたった「SATOYAMA(里山)イニシアティブ」が合意された。愛知県とトヨタは、その国際合意を踏みにじろうとしている。
 さらに、生物多様性保全の大切さをうたっている有力な環境保護団体も、このテストコースの開発には反対しなかった。
 トヨタは、何千万円という助成金を環境保護団体に毎年ばらまいている。トヨタや愛知県から多額のカネをもらっている環境保護団体は、トヨタや県が進める自然破壊には反対できないのだろう。
 地元は、トヨタ自動車と関連企業の関係者がすごく多い。だから、「反対」は口にだせない雰囲気が強い。しかもトヨタは、テストコースが完成すれば、研究者だけで約3850人が働くようになると宣伝している。そのため、地元は歓迎ムードに染まっている。

(JAWAN通信 No.113 2015年11月20日発行から転載)

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