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三河湾の自然を回復させるために

アジアの浅瀬と干潟を守る会 山本茂雄さん に聞く

*世界最高水準のアサリ発生水域

 ──六条潟は、アサリの発生量が日本でいちばん多い水域とされていますね。
 
 【山本】六条潟は三河湾東部の豊川河口に残る砂礫(されき)干潟である。干潟の面積は360haだ。かつては3000haを超す広大な干潟であり、主にハマグリの産地であった。六条潟を擁する豊橋市は、古くは3000年前からハマグリを養殖し、採取したあと干物にして交易を行っていた。
 六条潟という名前は古く、室町時代にこの名がある。名前の由来は、潮が干上がると、音羽川、佐奈川、江川、豊川、柳生川、梅田川の6つの澪筋(みおすじ)を干潟に刻んだためとされている。「畳六帖分の干潟があれば一家が養えた」といわれるほど、貝や魚の宝庫だった。そのため、漁師たちは六帖潟と記していた。
 しかし1970年代以降、港湾建設のために埋め立てが進んだ。埋め立て面積は2000haにおよぶ。埋め立てと浚渫工事によって、豊橋市だけでも3000世帯の漁業者が補償金をもらって陸に上がった。それと引き換えに、三河湾は慢性的な赤潮と青潮に悩む海になった。
 六条潟は、面積が360haに激減したとはいえ、いまもアサリの発生量は日本一である。世界的にみても最高水準のアサリ発生水域となっている。

〔写真1〕
山本茂雄さん

*埋め立て計画案を白紙撤回

 ──六条潟は新たな埋め立て計画の危機にさらされました。
 
 【山本】港湾管理者の愛知県は1995年、三河港次期港湾計画案を発表した。残存する360haの六条潟ほぼすべてを埋め立て・浚渫し、モータープールやコンテナ置き場をつくったり、それらを運搬する船舶を停泊させるための停泊地にしたりするというものであった。
 しかし、六条潟は愛知県の主要漁業対象種のアサリ稚貝の唯一の供給地となっている。そのため、県内外の漁業水産関係者から激しい反対が起きた。愛知県が話し合いを続けたものの、ずっと物別れになっていた。
 そこで県は2011年、港湾計画の改訂作業を進めた。改訂案は、①干潟部分を約80ha埋め立てる。②埋め立て地の西側を浚渫し、水深12mの停泊地をつくる。③沖合を静穏域とするために防波堤を建設する。④埋め立て地を結ぶため、六条潟を貫く臨港道路を建設する。⑤沖合に200haの人工島を建設する──というものであった。
 私たちは、この計画を中止させるため、漁業関係者やアサリ問屋、大手流通会社、トヨタ自動車などに反対の意見表明を働きかけた。その結果、愛知県内の漁業関係者とアサリ問屋はすべてが反対した。さらに、日本の主要都市の中央卸売市場や、イオンなど19社の大手スーパーマーケットがパブリックコメント(意見公募)に対して反対意見を表明した。イトーヨーカ堂、そごう、西武などを傘下にもつセブン&アイ・ホールディングスも反対を表明するようになった。
 大きかったのは、愛知県政に絶大な影響力をもつトヨタ自動車も計画案に難色を示したことである。県の港湾計画案はハブ港(大型船舶が入港できる港湾施設)の建設を目的としていた。だが、効率的な物流システムを欲しがっているトヨタにとって、この計画案はメリットが小さかった。そこで私たちは、トヨタに対して代替の物流事業を提案した。ロシアやEU(欧州連合)への輸出として、ウラジオストックからシベリア鉄道を使った物流を提案したのである。これならば、大型コンテナ船を就航させることなく、ウラジオストックまで小型中型船で早く安く運ぶことができる。トヨタは私たちの提案を受け入れた。
 こうした結果、次期港湾計画案は2010年度末(2011年3月)に白紙撤回となった。しかしながら、臨港道路の建設計画だけは残ることになった。

〔図1〕 〔図2〕

*干潟をやせ衰えさせる設楽ダム

 ──豊川の上流部に計画されている設楽(したら)ダムが問題になっていますね。
 
 【山本】設楽ダムは、総延長77km、高低差約1000mの急峻な豊川の上流部に計画されている。貯水量9800万m3の多目的ダムで、事業者は国交省である。設楽ダムが建設されれば、干潟の生命線ともいえる土砂の供給が断たれてしまう。
 豊川は、支流に宇連(うれ)ダムと大島ダムがつくられている。両ダムによって、飲料水、工業用水、農業用水は需要を満たしている。また、近年の節水努力によって、水余りとなっている。
 そのため、豊川や三河湾にかかわる市民団体が「設楽ダムの建設中止を求める会」を結成し、反対運動をつづけている。県が負担金を払うのは違法だとする住民訴訟を起こし、最高裁までいったが、敗訴した。現在はダムの関連工事が進んでいる。建設中止を求める会は、地質調査などをつづけている。
 設楽ダムでは600万m3の堆砂容量が設定されていて、ダムができれば干潟の天然更新のための良質な土砂が堰き止めてしまう。河口に広がる六条潟は、上流からの土砂供給を断たれ、波浪による浸食と拡散作用によってやせ衰えてしまう。そればかりか、新しい砂礫が干潟表面をコーティングしないために、アサリ稚貝の発生量や浮遊幼生の着底率が著しく低下してしまう。設楽ダムはまた、アサリによって改善された三河湾の水質を最悪の状態に低下させる。時代に逆行した施策なので、私たちはダム計画の中止を強く求めている。
 

*山・川・里・海の健康診断

 ──山本さんたちがほかにとりくんでいることはなんですか。
 
 【山本】次世代を担う子どもたちといっしょに、豊川流域における山・川・海の健康診断をおこなっている。これは、「伊勢・三河湾流域ネットワーク」が地球環境基金の助成を得て開発した手法である。流域を一つの生命圏と考え、その健康度をはかろうとするものである。
 今年度は、川と山と里の健康診断にとりくむ。「川の健康診断」は、汽水域の下地小学校と淡水域の賀茂小学校といっしょに進める。砂粒の粒径を測る。また汽水域では、「べっこうしじみ」と呼ばれる美味しいヤマトシジミの30cm木枠内の数と重さを測定する。 淡水域では、漁協の協力を得て野生の日本ウナギを捕まえ、観察・測定をしたあとに放流する。
 「山の健康診断」は、植生の空間的・経年的特性が反映される昆虫(クワガタ、オオムラサキ)を生物指標にし、100年かけて山の森林植生をスギ・ヒノキの針葉樹林から自然植生にもどす壮大な計画を立てている。 「里の健康診断」は、流域の自然を原資とした産物の市場調査などをおこない、自然環境と暮らし、産業のつながりを調べることにしている。
 こうした活動を進めることによって、豊川にかつてのような水と砂の流れを回復させたい。そして「青潮のない豊かな三河湾」をとりもどしたい。そのように考えている。

〔写真2〕
六条潟の健康診断(五感調査)=2014年6月14日
(JAWAN通信 No.111 2015年5月30日発行から転載)

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