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■ラムサール条約湿地の現状と課題

中池見湿地

NPO法人ウエットランド中池見 笹木智惠子

◇ラムサール条約登録前後の動き

 20年にわたる市民団体などの保存活動の結果、中池見湿地は2012年にようやくラムサール条約湿地となりました。しかし、環境省が新規登録を官報告示した同日(2012年6月29日)、鉄道建設・運輸施設整備支援機構が行っていた北陸新幹線「南越・敦賀間の工事実施計画」申請に対し、国土交通大臣が認可を与えたのでした。まさに寝耳に水でした。保存活動を行ってきた関係者を驚かせると同時に、この情報が伝わった締約国会議でも「モントルー・レコードの最速記録ではないか」との声があがったといいます。私たちも登録証授与式に立ち会い、帰国直後に発覚のこの事態に唖然としたものです。登録の喜びもつかの間、息つく間もなく、すぐに情報の収集と行動を起こしました。

ラムサール登録区域を貫く北陸新幹線

◇情報収集と対応

 国交大臣の認可を報じたのは2012年7月14日付けの産経新聞のみです。「ラムサール登録の中池見湿地 北陸新幹線が縦断計画」の見出しで、「鉄道建設・運輸施設整備支援機構が計画している北陸新幹線が、福井県敦賀市樫曲の中池見湿地の一部を通る計画であることが13日、わかった。中池見湿地は、国際的に重要な湿地を保全するラムサール条約に登録されたばかりだが、同機構はルート変更は想定しておらず、地元の保全活動関係者から影響を懸念する声が上がっている」と報じました。概要図も掲載しました。
 私たちはまず、認可ルートの詳細を確認することが重要と、ずいぶん手を尽くしました。しかし公表されていません。7月25日に行われた敦賀市議会への説明会でも提示されなかったそうです。機構側はメディアの取材にも詳細を語らず、「分からない」の一点張りでした。ようやく判明したのは2002年の環境影響評価書時のルートのみでした。そこで私たちがつかんでいた情報(近年、地盤調査のためとして行っていたボーリングの位置)からの推測ルートを地図におとしたところ、産経新聞の図と酷似したため、これに変更したものと確信しました。アセス時のルートと変更ルートを書き込んだ地図を作成し、各方面へ情報を発信しました。
 「中心線測量のための参考図面であり、確定したものではない」との断りをつけて機構が変更ルートを開示したのは、その1カ月後の8月29日です。敦賀市役所の政策推進課新幹線推進室で閲覧と写しの交付を始めたので早速取得し、推測ルートと照合しました。案の定、私たちが推測したとおりでした。
 このことは、ボーリング調査を目撃、監視していた頃から危惧していました。しかし、政府は予算不足を理由に凍結を唱えていました。そのため、機構が2005年12月に申請を出していたことや、こんなに早く凍結解除が行われることは想定していませんでした。凍結解除の前にラムサール条約に登録されれば回避される、と考えていたのです。
 予定ルートの判明を受けて、JAWANや日本自然保護協会など全国の多くの自然保護団体が湿地への影響を危惧し、要望・要請、意見書を機構、国交省、環境省、県、市あてに提出してくれました。ところが機構は、「約1年かけて事前調査を行う。湿地に影響が少ない工法を検討し、地下水などの流れも継続監視する」と市議会で説明です。またマスコミの取材に対し、「調査に影響があると分かっても、可能な限り直線的に走行できるよう、ルート変更はしない」と明言しました(2012年10月18日付け読売新聞)。
 現在、機構は環境アセスの事後調査として各種調査を行っています。また、これら調査結果を検討する「中池見湿地付近環境事後調査検討委員会」を設置し、来年3月までに結論を得たいとしています。専門家による検討が行われていますが、結論ありきの検討ではアリバイづくりにしかなりません。国際的に注視されていることを忘れず、賢明な判断を期待したいものです。
 この委員会に提示された資料、議事録は機構のホームページから見ることができますので、ご覧いただけたらと思います。2月には国際自然保護連合が、4月にはラムサール条約事務局の事務局長と地域担当が現地視察をしました(既報)。12月には国際湿地保全連合の事業部長が視察し、東京でシンポジウムが予定されています。

◇湿地保全運動に求められるもの

 湿地といわず、自然を守る活動は地味で地道なうえ、息の長いものです。相当の覚悟と想いがなければ続かないことから、価値観の継承が難しい運動といえるではないでしょうか。近年は、「自然保護を人質」にして糧にしているような、本末転倒ともいえる事例も見受けられるようになっています。自然保護でも生計が成り立つということが理想でしょうが、本末転倒ととられないような行動が肝要と思うこの頃です。

◇環境行政に求められるもの

 市といわず、県、国にもいえることですが、縦割り行政の弊害と費用対効果を重視する行政の体質が目立ちます。確かに税金を使っての事業ですから費用対効果を求めるのは当然ですが、こと自然の保護については、目に見える経済効果は少なく、入り数(来訪者数)偏重となりがちです。そのため、しなくてもいいこと、自然破壊ではないかと思うような整備が行われます。数字には出にくい生態系サービスに視点を移し、評価すべきでしょう。それは、そこに住む“いきものたち”と“風景”が証明してくれます。また、縦割り行政の弊害の最たる事例が今回の中池見湿地における新幹線ルート問題でしょう。箱物管理と違って、自然環境はすべての部署の利害に絡んでいます。大きくとらえての協議、調整が計画段階から必要です。

◇今後の課題

 本当に守るべきは何なのか。守りたいと思うヒトを行政や市民の間でいかに育てるか。そういう地域、教育の問題もあります。また、二十数年の保護活動を通じて協力、応援をしてくれた海外及び全国の見識ある人たちの想いを理解し、小さな生き物たちの命の関わりや姿を通して、自然に対して謙虚な心を持ったヒトが関わっているかどうかも課題です。
 いま、最大の課題は、中池見湿地本体を形成する地形、泥炭、水を北陸新幹線のトンネルから守れるかどうかです。もし通過した場合は、将来的に中池見湿地の死を意味するからです。

(JAWAN通信 No.109 2014年11月30日発行から転載)

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