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ラムサール条約の登録湿地とは何か

〜その意義と活用をめざして〜

名執芳博 (長尾自然環境財団上級研究員)

ラムサール条約とは

 ラムサール条約は、1971 年にイランのカスピ海沿岸にあるラムサールという都市で採択された国際条約である。環境に関する初めての地球規模での国際会議である「国連人間環境会議」がスウェーデンのストックホルムで開催されたのが1972 年なので、環境分野の条約として先駆的なものであるということができる。
 正式名称を「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」という。水鳥の多くが渡り鳥で、国境を越えて渡りをし、繁殖地、越冬地、中継地等の全てにおいて湿地は欠かすことができない存在であり、これが保全されないと渡り鳥が保全されないことから、国際的に協力して湿地を保全する必要性を示すために付けられた名称と考えられる。
 湿地というと一般的に湿原のようなところを思い浮かべるが、ラムサール条約による湿地の定義は第1条に明記されているとおりかなり幅広い。天然か人工か、永続的か一時的・季節的か、淡水か汽水か塩水かを問わず、水田や地下水、低潮時の水深6m 以浅の海域まで、およそ水に関係する場所は全て湿地として条約の対象にしようとする意欲的なものである。
 ラムサール条約の基本原則は、第3 条にある湿地の「保全」と「賢明な利用(wiseuse)」である。すなわち、湿地に厳格な保護区を設定し人の立ち入りを規制するようなことまでは要求せず、湿地を保全しつつ湿地が我々に提供してくれるさまざまな恵みと機能(「生態系サービス」)を賢明に利用していこうというものである。
 保全ばかりではなく、利用の観点まで含んでいるという点でも先駆的な条約と言える。今であれば「持続可能な利用(sustainable use)」という言葉が使われたであろうが、“持続可能な”という言葉が使われるようになる前だったので、“賢明な”という言葉が使われたと思われる。

水鳥・湿地センターにおけるレクチャー(新潟県佐潟)

 また、条約の条文には明記されていないが、湿地の保全と賢明な利用を推進するに当たって、CEPA(Communication, Education,Participation and Awareness の頭文字をとったもの。日本語に訳しにくい言葉もあるが、ここでは、コミュニケーション、教育、参加、認識としておく) が重要だとされている。
 条約の締約国(加入国)の義務として、第2 条でその国に存する「国際的に重要な湿地」を選定し、条約事務局が保管する「登録簿」に掲載することが求められている。これをわが国では、「ラムサール条約登録湿地」、「ラムサール条約湿地」などと呼んでいる(以下、単に「条約湿地」という)。
 また、登録簿に掲げられている湿地の保全と賢明な利用を促進するため、計画を作成し、実施することとされている。さらに、条約湿地の生態学的特徴が変化しつつあり又は変化するおそれがある場合にはその情報を条約事務局に連絡することも求められている。
 2012 年3 月末現在で、世界全体で締約国数は160 ヶ国、条約湿地数は2005 ヶ所である。日本は、1980 年に条約に加入し、その際、釧路湿原を登録、現在条約湿地数は37 ヶ所である。

湿地における自然観察(沖縄県名蔵アンパル)

ラムサール条約との関わり

 演者がラムサール条約と深くかかわったのがこれまで2 回ある。
 1 回目は、1993 年に北海道釧路市でラムサール条約第5 回締約国会議(釧路会議)を開催した際で、環境庁(当時)の釧路会議準備室長として関わった。釧路会議を日本に誘致した理由はいくつかある。
 日本は、古来より水田耕作を行い、川や池、海や干潟で魚介類や海藻を手に入れるというように湿地の恩恵を受け、湿地といい関係にあった。
 ところが、近年になって湿地は役に立たないところとして埋め立てられ、宅地や工場に姿を変えた。多様な生物が生息し、水の供給、浄化、洪水調整機能などをもつ湿地の価値が忘れられるようになった。このため、湿地の価値を再認識してもらうとともに、全くと言っていいほど名前を知られていなかったラムサール条約を知ってもらうことが一つの狙いだった。
 また、当時わが国の条約湿地は4 ヶ所(釧路湿原、クッチャロ湖、ウトナイ湖、伊豆沼・内沼)だけであり、釧路会議を機にこれを2 ケタに乗せる目標もあった(結果的に登録できたのは、霧多布湿原、厚岸湖・別寒辺牛湿原、谷津干潟、片野鴨池、琵琶湖の5 ヶ所)。
 さらに、アジア地域では湿地の価値もあまり認識されておらず、各種開発による破壊の危機にさらされ、また、ラムサール条約の締約国も7 ヶ国だけだった。アジア地域として初めて締約国会議を開催することにより、湿地の価値への認識を高め、締約国を増やすことも狙っていた(現在では、アジア地域のほとんどの国がラムサール条約に加入)。
 2 回目の関わりは、環境省で野生生物課長を務めた時である。2006 年に開催された第9 回締約国会議(COP9) に向けて、わが国の条約湿地倍増という大きな課題が設定されていた。
 ラムサール条約は、1999 年の第7 回締約国会議の決議により大きな転機を迎えていた。その決議は、条約に登録する湿地は生物多様性の保全と人間生活の維持に重要な湿地とすることを求めた。
 すなわち、それまでラムサール条約では、その名称のとおり、水鳥類の渡来地として重要な湿地に焦点を当ててきたが、条約が本来目指していた広く生態系として重要な湿地全般へと重点を移すこととなった。また、当時、世界の条約湿地は1000 ヶ所弱だったが、これを2005 年のCOP9 までに少なくとも2000 ヶ所とするという条約湿地倍増の短期目標も定めていた。
 わが国では、この決議に対応し、2005 年までにわが国の条約湿地を22 ヶ所(1999 年当時の11 ヶ所を倍増)以上にするという目標を立て、「ラムサール条約登録湿地を増やす議員の会」という超党派の応援団もできた。
 登録作業を進めるに当たっては、わが国においても以前の条約湿地は水鳥と関係のあるものがほとんどだったので、いろいろなタイプの湿地を登録すること、また、西日本にほとんど存在しなかったので、全国的な偏りがないよう登録することに配慮した。さまざまな関係者の努力と湿地の存する自治体、NGO、地元住民などの理解のお陰で、サンゴ礁、地下水系、砂浜、水田、希少な生物の繁殖地、生息地などを含む20 ヶ所の湿地を新たに登録することができた。

湿地に関わる環境保全米のブランド化(石川県片野鴨池)

ラムサール条約湿地登録の意義と活用

 条約湿地として登録されることの最大の意義は、国際的に重要な湿地であると公的に認められるということであろう。世界自然遺産が183 ヶ所(日本には4 ヶ所)であるのに対し、条約湿地は2000ヶ所以上もあり、有難味が薄いという人もいるが、国際レベルにあることに相違はない。逆に2000ヶ所以上という世界最大の保護区のネットワークを構成する条約湿地の一員になったことを誇りにしたらいいと考える。
 わが国には、条約湿地を抱える市町村で構成される「ラムサール条約登録湿地関係市町村会議」がある。このような組織を持つ国はわが国だけであろう(前述した議員の会があるのも日本だけではないかと思われる)。
 1989 年に釧路市において第1 回会議が開催されており、主な目的は、釧路会議を盛り上げること、関係市町村間の意見・情報交換の場となること、国内条約湿地拡大の取組みへの支援と関係市町村のラムサール条約関係事業への協力を促進することである。湿地との関わりが密接な市町村間で、湿地の保全、再生、維持管理、保全利用計画、賢明な利用、CEPA、湿地を活用した地域活性化事例、関連施設の設置や管理運営、NGO や地元住民の参加促進、国際交流などについて情報交換、意見交換を行える場があることはとても有益であると考える。

海の健康診断(愛知県藤前干潟)

 条約湿地となったことで湿地の保全・再生が促進された例としては、伝統的な潟の保全活動である「潟普請」を復活させた佐潟(新潟県)、農薬や化学肥料を使わない「ふゆみずたんぼ」に取り組み水鳥のねぐらを提供している蕪栗沼(宮城県)、大規模な自然再生事業として河川の再蛇行化を図った釧路湿原(北海道)などがあげられる。

復活した潟普請に参加する地元中学生(新潟県佐潟)

 賢明な利用の例としては、シジミ資源を持続的に活用するために操業時間や鋤簾の目の大きさを規制している宍道湖(島根県)、湿地にちなんだ環境保全米を「鴨米ともえ」としてブランド化した片野鴨池(石川県)(前述の蕪栗沼では「ふゆみずたんぼ米」、それを使った日本酒を「ふゆみずたんぼ」として販売)、尾瀬(新潟、福島、群馬県)をはじめとした湿原における観光やエコツーリズム、釧路湿原(前述)におけるホーストレッキングやカヌーのような楽しみ方があげられる。
 CEPA の例としては、各地の条約湿地に設置されている水鳥・湿地センターなどの施設を活用した普及啓発、調査研究やモニタリング、各湿地における探鳥会や観察会の開催、NGO ラムサールセンターが取り組んでいる条約湿地で子供を対象に湿地への関心を高める「KODOMO ラムサール」、湿地の特性を生かした会議を開催した例として「全国トンボ市民サミット」を開催した藺牟田池(鹿児島県)、ラムサール条約釧路会議という国際会議を誘致し湿原の名を全国や世界に知らしめた釧路湿原などの例がある。
 以上のように、条約湿地の活用のあり方にはさまざまなものがあり、その湿地を取り巻く自治体、地域住民、NGO などで、これらの例を参考にして知恵を絞っていただくことを期待しているが、上述したとおり、「国際的に重要」と認められたという点を最大限生かしていただきたい。

(JAWAN通信 No.102号 2012年5月31日発行から転載)

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