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これからも続くように

 岡田 和樹 (ハチの干潟調査隊代表)
 

ハチの干潟

 砂の海岸線を歩くと、ハマダイコンの香りでむせる春先。干潟に目をやると、まさに萌えるような鮮やかな緑に彩られている。アマモには稲穂のような黄色の花が付き、海面は揺れるように光が漂っていた。
 瀬戸内海の穏やかな気候に育まれ、広島県竹原市にそそぐ賀茂川の河口で、ハチの干潟はこの情景を繰り返してきた。川から始まり、汽水域・砂・泥・岩礁と多様な底質は、豊かな環境を織りなし、アマモ場やガラモ場・干潟からはたくさんの生き物たちが育っていく。ハチの干潟に行くと、これまで日本各地で失われていった風景の中に入り込める。

初めてカニを捕まえた
初めて干潟に来て、初めてカニを捕まえた地元の子ども

「藻場造成」への警鐘

 その干潟に2005年の冬「藻場造成」という計画が持ち上がりました。計画は、干潟から沖にかけてコの字型の潜堤を作り、中詰土として浚渫土砂を入れ、浅場を作ることで自然に海藻が自生するというものです。また、「自然再生&再利用」として中詰土に浚渫土を利用することで、業者にだけでなく、浚渫土の処理に困っていた国にとっても一石二鳥以上の利益を得ることができるのです。自然の藻場が埋立てや海砂採取によって減退している現代、「藻場造成」が自然再生として急速に広がっている最中でした。
 しかし、この計画には、足をとめてみると問題点が多くあることが分かります。第一にもともとハチの干潟には広大なアマモ場が自生しているのです。その矛盾を紐解いて行くと、「藻場造成」という自然再生の裏には、浚渫土砂を海底に投棄したいという業者と国の思惑があることが見えてきました。
 浚渫土は港湾や航路、調整池の水位を保つために定期的に掘り下げる際に大量に出るもので、超微粒土砂や水分が多く含まれるため処理に膨大なコストがかかります。また、浚渫土は多くの場合、工場や家庭から排出される化学物質や有機物を含みます。さらに超微粒土砂は水に浮遊しやすい特徴を持っています。「藻場造成」と称してハチの干潟へ投棄すれば、もともとある生態系を埋め立ててしまうだけではなく、汚染物も拡散してしまいます。ましてや、ハチの干潟は「藻場」を作ることは必要のないくらいの豊かなアマモ場が広がっているのです。
 しかし、潮干狩りや海水浴でにぎわっていたハチの干潟ですが、時代とともに忘れられて、この問題が地元の人の関心ごとになることはありませんでした。そこでハチの干潟の現状を知ってもらい、大切さを再び実感してもらおうと、「ハチの干潟調査隊」を立ち上げ活動を始めました。計画に反対というのではなく、身近にある自然を受け継ぎたいという一心からでした。
 小さな写真展や講演、観察会から始まりゆっくり知ってもらえるようになりました。そうして地道な活動が実を結び、干潟の沿岸部から多数の署名が集まり、行政へ干潟の継承を求める声を伝えることができたのです。そして2007年春、計画に終止符が打たれました。その瞬間、次の世代が豊かなハチの干潟を受け継ぐ架け橋を築くことができたのです。そして活動も再出発しました。 

これからも続くように

 今年もハチの干潟で、14回の観察会を行います。「みて!ふれて!食べて!」と体中を使って干潟と接する観察会は、干潟に触れることのない子どもたちに楽しみを広げています。最近ではバケツと網を持った地元の子どもたちの声が干潟から聞こえるようになってきました。自慢げに子どもたちが見せてくれたバケツの中には、クサフグやヤドカリがひしめき合っていました。ハチの干潟で遊んだ子どもたちが、大人になって干潟に戻ってきた時にも、変わることなくハチの干潟は存在していてほしいと思います。人と干潟のつながりと、美しい干潟の情景が続く限りは、ハチの干潟が幾度となく受け継がれていくと信じて。 
押し網で豊かさを実感
押し網でアマモ場の豊かさを実感

最後に

 最後に、2009年4月、同じ瀬戸内海の山口県上関で、原子力発電所の建設工事が着工されました。地元の人たちは28年以上生まれ育った海と生活を守るために声をあげてきました。切なる願いで工事を食い止めてきたのです。
 上関は瀬戸内海の原風景とも言うべき風景をとどめ、魚を追うスナメリの「野生の姿」を間近で見ることができます。透明度の高い海の底は、豊かな海藻の林が生い茂り、さまざまな生き物たちであふれています。 上関での日本最後の原発誘致は、今までにない山場を迎えています。原子力発電所は、できてしまってからでは、後戻りはできません。私たちには核廃棄物という負の遺産と、大きな後悔が残されることになります。
 しかし、今なら後戻りはできます。今の私たちに決定権があるのです。推し進められている上関の原子力発電に、一人でも多くの人が意思表示をしなくてはならない時が来ています。

(JAWAN通信 No.93 2009年5月30日発行から転載)

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