生物多様性保全
―COP10ホスト国としてグローバルな視点を!

日比保史 コンサベーション・インターナショナル・ジャパン代表

生物多様性問題は、経済問題?!

 生物多様性とは、「すべての生物の間の変異性をいうものとし、種内の多様性、種間の多様性及び生態系の多様性を含む」(3つの多様性)と定義されます。しかし、今日、生物多様性問題が国際的に議題となる場合、この定義のみに基づいて議論している場合はむしろ少ないでしょう。2007年のハイリゲンダム、そして今年の洞爺湖サミットにおいても生物多様性問題が主要な議題のひとつとなりましたが、むしろ、2001〜2005年に実施された国連ミレニアム生態系評価(MA)が明らかにしたように、生物多様性は人間の生活や産業に欠くことの出来ない「生態系サービス」を提供していることから、経済の観点から生物多様性が議論されたといえます。
 生態系サービスとは、大気の浄化、水源の涵養、土壌保持、自然災害の緩和、病害虫・疫病の抑制、CO2の吸収源、気候の安定、農水産物を含めた生態系の保持、さらには農林水産業・食品・工業製品の原材料やエコツーリズムの資源、そして景観的・審美的価値や宗教的・倫理的価値などの「生命の恵み」です。一説には約33兆ドル(Costanza et al. Nature 1997)の価値を持つとも言われています。これは、97年当時の世界のGDPの約2倍弱に相当します。生物多様性は、まさに私たち人間の生物的・経済的・文化的な基盤であるといえます。
 このような様々な「生態系サービス」を生み出す生物多様性が危機的状況にあることが、生物多様性問題の本質ではないでしょうか。2010年に名古屋で開かれる生物多様性条約(CBD)第10回締約国会議(COP10)では、単に自然保護だけでなく、気候変動、保護地域(PA)、持続的利用、ABS(遺伝資源へのアクセスと利益配分)、農業、企業と生物多様性など、幅広いテーマが議論されることになります。また、生物多様性を経済的に分析した「The Economics of Ecosystems and Biodiversity (TEEB)」報告書も発表される予定です。

生物多様性が生み出す生態系サービス(ミレニアム生態系評価より)*クリックで拡大

生物多様性はグローバルな課題

 人間の生存・生活、産業や経済にとって不可欠な生物多様性ですが、実はこれらは地球上に均等には分布していません。生物多様性が豊かでありながら破壊の危機に瀕している地域を「生物多様性ホットスポット」といい、その大半は開発途上国の多い地域に分布しています。CBD第一条で掲げられている条約の目的は、@生物多様性の保全、A生物多様性の構成要素の持続可能な利用、およびB遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分の3つですが、これらは、まさに生物多様性が均等に分布しておらず、生物多様性保全が先進国と途上国の間での保全と利用(あるいは開発)の問題であることを示しています。地球規模から見た際に生物多様性ホットスポットが途上国に偏って存在している事実は、2つの側面から重要な課題を私たちに提示します。
 ひとつは、途上国における貧困問題と生物多様性が表裏一体の問題であるという点です。世界のホットスポットには、約13億人が暮らすと言われています。その多くは、生態系サービスに直接依存する生活をしており、その多くは収入が1日1ドルに満たない絶対的貧困です。ホットスポットの破壊が進めば、生態系サービスに依存する人々の貧困削減は困難になります。一方で、生物多様性喪失の最大要因は、森林などの農地への土地利用転換です。貧困が生物多様性破壊を招き、さらに貧困に拍車をかける負の連鎖が起こっているといえます。
途上国を中心に分布する生物多様性ホットスポット。固有の維管束植物が1500種以上生息し、原生生態系から既に7割以上失われた地域34ヵ所が指定されている。地表面積のわずか2.3%に絶滅危惧種の4分の3が生息する。(Conservation International提供)
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 もうひとつの課題は、グローバルな生物多様性問題と日本の関わりです。私たち日本人の生活、経済を考えた場合、その大部分は、海外の生態系サービスによって成り立っている事実があります。たとえば、日本人の食卓に欠かせない大豆。そのほとんどは輸入に頼っていますが、その中にはブラジルなどの豊かな原生林を切り開いた農地で栽培されているものがあります。様々な家庭用品に利用されているパーム油に代表される植物油脂もまた、東南アジアの豊かな原生林を焼き払ったプランテーションから採取される例が増えています。
コミュニティの主要な現金収入の手段となるカカオ。森林を保全しながら栽培することで持続的にコミュニティに収入をもたらす。(エクアドル)(Conservation International提供 (c)Haroldo Castro)
 わが国は、食料の6割以上、木材需要の8割以上、エネルギーや鉄鉱石のほとんど(鉱物資源の採掘には大きな生態系負荷を伴う例がほとんどです)を海外に依存するなど、海外の生態系サービスへの依存度、生態系負荷(エコロジカル・フットプリント)の高い国です。生態系サービスの代表格である水でいえば、食料の輸入により国内で直接使用している水資源の約3分の2に相当する水を海外に依存しています(バーチャルウォーター)。生物多様性に大きな影響をもたらす気候変動においても日本は世界第4位(シェア約5%)の温室効果ガス排出国です。何よりも、生物多様性(生態系サービス)が経済の基盤であるならば、依然として世界第2位の経済大国である日本は、世界有数の生態系サービス享受国でもあるのです。
 このように、日本は、国内はもちろんのこと、途上国を含む海外の生物多様性の喪失と保全に責任を負わなければなりません。

国際社会の一員である日本としての責任

 COP10の名古屋開催に向けて、国内では今、さまざまな場面で幅広いセクターにより生物多様性が議論され始めています。しかし、これらの議論のほとんどが「日本国内の自然保護」に関心が向いているように思えてなりません。昨年策定された第三次生物多様性国家戦略や今年5月に成立した生物多様性基本法も、基本的には国内課題に取り組むものです。国家戦略には国際的な視点も入ってはいますが、国際的責任に比すれば不十分と言わざるを得ません。ホットスポットでもある日本の自然保護は、地球規模の生物多様性保全に貢献しますが、生物多様性がグローバルな課題であること、そして自分たちの生活や産業がグローバルな生物多様性に支えられていることを認識し、行動することが、COP10ホスト国としての責任であるといえます。

【コンサベーション・インターナショナルの概要】
コンサベーション・インターナショナル(CI)は、地球が長い年月をかけて育んできた自然遺産としての生物多様性を保全し、人間社会と自然が調和して生きる道を探り実践していくことをミッションとする民間非営利の国際NGOです。『科学』『人間の健幸』『パートナーシップ』を基本方針とし、世界40カ国以上で約1,000名の専従スタッフが、具体的かつ効果的な生物多様性保全に取り組んでいます。

(JAWAN通信 No.92 2008年12月25日発行から転載)


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