見えてきたもの

辻 淳夫(日本湿地ネットワーク代表)

 敦賀のシンポジウムで、一番刺激的だったのはリチャード・リンゼイさんの「見えない・見ようとしないこと」という言葉と、世界の湿地の半分以上が泥炭湿地ということ、単調な環境が多い泥炭地の中で、中池見湿地で見られる生物の多様さ、特異さの不思議だった。
中池見湿地観察会でのリチャード・リンゼイさん
 また先日「タカ渡りシンポジウム2004 in 岐阜」に招かれて「風力発電」問題を知った。風力タービンの羽が鳥たちに見えず、気流を利用する鳥たちに大きな脅威と障害になっている事実、風力はクリーンエネルギーだから良いと、「市民風車」に関心をもっていたが、100mを超す巨大風車が数十基、数百基と並ぶ光景に空恐ろしくなった。
 風の道を利用してきた渡り鳥や、見えない風車に巻きこまれてしまう生命から見れば、人類によるあらたな環境破壊というべき、共有空間の独占でもあるのだ。
 この経験は、自分が進むべき先が見えているのか、JAWANとしてやるべきことは何かと考えさせられた。雑念、想念が次々と沸き起こって、まとまらないのだが、この先進める活動へのヒントとして、一緒に考えてくだされば嬉しい。

1.中池見湿地、「ラムサール登録」の意味

 敦賀シンポで中池見の価値を再認識し、ラムサール登録への大きなステップになったと喜ばれた笹木さんが、その後の「第2回中池見検討協議会」で、ラムサール登録への可能性と環境省の名執さんが言及された国定公園にではなく、「風致公園」にしたいとする敦賀市の方針が通されてしまったと嘆かれている。
 大阪ガスの「英断」を称えて、環境省には、登録条件のひとつ、「鳥獣保護区」のしばりを解いて、湿地自体の価値、特異性、多様性などからラムサール登録を進める契機にしてもらいたいと考えていたが、ともに、自分の期待が甘すぎたのかと思う。
 三番瀬でも、漁民にも朗報であるはずの条約が、漁民の反対で進まないが、そこにこそ、「鳥獣保護区」が前提であるために、条約の理念が正しく伝わらない現実がある。それは環境省の努力不足というより、環境省自身が「鳥獣保護区」の担保が必要とし、水鳥以外は、数値基準が確立できていないとか、広げすぎては登録地の値打ちがなくなるとホンネで思っているのではないかとずっと感じてきた。
 もう、気づかないフリをやめて、このことに正面から向き合わなくてはと思う。

2.諫早、泡瀬、辺野古……いのちへの暴虐にどう向かうのか

 佐賀地裁の「諫早干拓事業差し止め仮処分決定」で止まった工事、やっと誇りと希望を見出された有明海漁民、本当に嬉しいことだったが、なんと、即控訴する国(農水省)には、この裁判で示されたあたりまえの、誰にも分る「道理」が分っていない。いや分っていても、それを踏みにじるしかないというのでは、国に、まつりごとをする資格はない。
 沖縄の泡瀬で海草藻場を、辺野古でジュゴンの海を、理不尽にも「調査」の名で壊そうとする暴力には、心からの憤りと、身体を張って闘う人々に深い敬意を覚える。
 九州や沖縄で、そして、韓国、中国と広がっている巨大な自然破壊型開発は、かつての日本型開発をモデルにし、(良く見えないが)そうした「技術資本」のあらたな進出先にされているような気がする。
 内湾のどこでもとれたハマグリを失い、アサリも1年育たない海(貧酸素水塊)にしてしまった日本では、国産アサリ生産量は過去の5分の1、韓国、中国、北朝鮮と主な輸入先が変遷し、今や、韓国、中国でも、主力だったシナハマグリが消えようとしている。
 それは、公有水面埋立法と、浚渫埋立工法と、行政主導型開発の3点セットで進められてきた、農漁業の基盤である浅海域を破壊する、巨大公共事業のあやまちが拡大再生産されていることだし、その虚しさをきちんと伝えられなかったことがとても残念だ。
 セマングムに連帯して、韓国の人々から元気を貰うことの方が多いが、韓国、中国など、東アジアの人々と手をつないで、私たちが今しなければならないことをはっきりさせたい。

3.釧路湿原、三番瀬
  ……あらたな苦難、加担させられる「自然再生」型開発

 2002年の「自然再生推進法案」に対しての懸念が、やはり起こってきたという実感だ。釧路湿原の自然再生事業や、「三番瀬再生円卓会議」の経緯と、その結果を受けて進むはずの、三番瀬再生事業が、想定された手続きも踏まずに、「護岸改修工事」と「土砂投入」だけが先行されるという。それではかっての「人工干潟」埋め立てであり、「円卓会議」での議論が避けられていた湾岸高速道路計画や、ラムサール登録を急がないことと符合する。
 「自然再生円卓会議」という、求めていた形の中のひと駒になったときの対応の難しさは、未体験の世界である。しかし、いのちの視点から見ていれば、いつでもしがらみを断ちきる覚悟を持てるのではないか。三番瀬・猫実川河口部で明らかにされつつある牡蠣礁を中心とする生態系のはたらきとその重要性に、今一度注目しよう。

 藤前では、来年2月の完成をめざして保全活用のための拠点施設の建設が進んでいるが、運用経費は不十分で、人件費は信じられないほど少ないことが分ってきた。ゴミ埋め立て断念に絡むトラウマが影響し、施設設計の段階であるべき運用協議ができなかったことが響いていて、外観はともかく内容的にはとても「世界に誇る」施設と言えそうにない。
 しかし、せめて、藤前にふさわしい、運用や活用のあり方を創り出したいと、意欲のある市民活動団体が先に立ち、国や自治体、地域住民や研究者、企業などの参加主体がその意志と力と個性を持ち寄って、単なる運用を超え、長期的広域的な課題や夢を語り合える「協働」を図っていくことの合意がやっとできてきた。

2004国際湿地シンポジウム in 鶴賀で講演する辻代表
 JAWANの課題も、おなじで、いのちの視点から、市民の立場で「壁」を超えてつながり、持続可能な社会や暮らしを創り出し、ひろく地球と次の世代に伝えていくことだろう。東京湾ラムサール学習会では、それこそがラムサール条約の目標だと学んだのだ。
 今見えてきたのは、それを待っていても、頼んでいてもなかなか実現しないこと、自分たちではじめるしかない、いっしょにやれる仲間も、十分そろっているということだ。

(JAWAN通信 No.79 2004年12月10日発行から転載)