新聞報道に思う「語られぬ三番瀬再生」の話

竹川未喜男(三番瀬市民調査の会)

三番瀬円卓会議の最終会合
(2004年1月22日)
 全国の自然保護団体の注目を集め、昨年ラムサール締約国会議でもその保全と登録をアピールした東京湾奥部の浅海・干潟、三番瀬の再生計画は、2年にわたる論議を経て、1月22日、最後の円卓会議において、堂本千葉県知事に手渡されました。

 三番瀬の埋め立て工事を中止させ、海域を狭めず、一部でも陸域で自然再生を図る計画が住民参加の公開の場で生まれた意義は大きかったと思います。
ほとんどの新聞は、「再生へ護岸一部撤去」、「湿地、干潟増を提言」などの見出しを掲げ、情報公開・住民参加による「自然再生のモデル」として「成功すれば今後の湿地回復や護岸工事の先駆的事例になるだろう」などといった好意的な報道をしました。しかし深く現場の論議に関わった市民として、「語られぬ三番瀬再生」の話をレポートしたいと思いました。

 堂本千葉県知事は「期待を上回る、精緻な内容の計画です。どれだけ感謝してよいか分からない。危険な護岸など緊急に対応すべき問題もあるが、県としては宝物を投げられたという意識で、できる限り忠実に取り組みたい。」と参加者に感謝と決意を表明されました。
私は堂本知事の言われた「徹底した住民参加」は、今回の円卓会議では実現できていないと考えております。県事務局のご努力は多としますが、円卓会議の運営は、予算取りからスケジュールが逆算され、さまざまな利権追求に振り回されました。その結果、常に時間不足と調査不足に悩まされ、おまけに11もの下部組織が目白押しに開かれ、それぞれの「まとめ」から計画が組み上げられ、円卓会議は報告の連続で肝心の論議の時間がなくなる結果となりました。

 私たちが一昨年暮れに実施した1500人訪問アンケート(市民調査)では、一般県民は三番瀬がもう守られたと安心したのか,72%の方が「海の自然や生き物の多様性の保全第一」と回答し、円卓会議での海浜造成や土砂投入をめぐっての攻防など知らなかったと思います。素案へのパブリックコメントでは大多数が、貴重な静穏、泥質浅海・干潟の生態系と評価された猫実川河口域への土砂投入に懸念を表明しました。  
 他方、埋立地の工場専用地域の土地所有者は、用途区域変更(地価上昇)含みの海岸保全区域の変更要求が通って音なしとなり、漁協代表委員らは大規模埋め立てを前提とした漁港構想が会議で意見されるや半年余り会議をボイコットしたばかりか、年末には漁場に無用として、ラムサール反対の理由を付して組合員にアンケートを出しました。

 千葉県自然保護連合や千葉の干潟を守る会などは、何度も要望や意見書を出し、問題の猫実川河口域への土砂投入、市民調査結果の発表、ラムサール2005年登録を迫りました。しかし「手続き民主主義」と、一度決めたら修正を嫌う「権威主義」の壁に阻まれました。私自身は知事の「徹底した住民参加」に共鳴して、県や円卓会議主催の三番瀬に関わる会議、行事168回中、118回に参加し、20通の意見書を出し、会議の運営、事実究明、情報公開を求めてきました。しかし何らかの形でレスポンスがあったのは6回だけでした。それでも許される限り毎回会場発言を続けてきました。

3万ページに及ぶ三番瀬再生計画の報告書類
 最後の円卓会議で、最大の争点が、堂本知事入場の瞬間まで持ち越されていたことはマスコミ承知の事実です。「猫実川河口域への土砂投入と現状の総合解析」の問題です。環境団体が主張してきた、「猫実川河口域は明らかに“堆積傾向”にある。三番瀬の干潟は“全て人工干潟”は大きな事実誤認。訂正せよ。」とデータを突きつけ計画書の修正を求めたのです。その結果、当日知事に渡された計画は“成案”とはなりませんでした。多くのマスコミの方々の前で起きたハプニングでした。もう一つの争点ラムサール登録問題は、ついに漁業者への県と水産庁の別格配慮の結果見送られてしまいました。計画の維持推進のための後継組織づくりと県条例の議会承認、環境調査の継続、情報公開・住民参加など、新聞が指摘している通り課題山積です。

 市民の環境問題への関心はマスコミの取り上げ方に影響されます。各紙の解説記事を見てみましょう。(要点要約)
「県や県議会には会議の提言を十分に踏まえ、真剣な議論を望む。何より県民自身が議論の行方を注視し、主体的に三番瀬問題に向き合うことだ。」(読売)。「海域は狭めず、新たな埋め立てに歯止めをかけた。「保全」重視ながら多様な改善策の試行の可能性を残した。再生事業実施の規模や範囲、主体や維持・管理の方法など真の具体化は今後の問題。第一歩を踏み出すまでにはまだ対立再燃の余地もある。知事の任期をにらんだ時間の制約から、対立点の解消より合意優先の場面もあった。各種現況調査の解析作業が遅れ、報告書は十分でなかった。会議の経過をよく県民に知らせる姿勢も不十分。幅広い層に議論が広がらなかった。」(東京)。
 「未知の要素が多い自然が相手だから、拙速を避け、丁寧な作業を求めた。自民党多数の県議会への対処について、環境が人類と時代の普遍的テーマになった現実直視の必要性あり。」(朝日)。「利害相反する激論の中で、多数決なしの「総意」で計画を作った。完全公開を貫き、放置すれば進む環境悪化に歯止め策も出された。「千葉方式」と胸を張れる大きな成果だ。三番瀬保全と相反する第二東京湾岸道路ルートをどう決めるかの難題あり。毎回、長時間の会議は下部組織を含めて163回、3億円というカネを費やした。早期実行である。」(千葉日報)。
 「行政が設置した検討組織で会議の公開、議事録のホームページ化は評価できる。だが県民の関心は今一つで傍聴者も固定化した。今後の県の実行力を問う。「再生」が目標だから、堤防や護岸の整備で終わりとはいかぬ。国や地元市との負担問題、事業の優先順位、後継組織での論議など、さらに屈折が予想される。県は一層の住民参加、会議公開、実りある議論を望む。」(毎日)。「埋め立てや開発主導型の県行政の転換点。今後の街づくりに影響を与えよう。」(日経)。
 新聞社の記事を並べましたのは、県の広報活動が不十分なため、例えば県民たよりに詳細に載ることは少なく、後追いの県ホームページに限られており、三番瀬を知らない県民はその情報を主にマスコミから得ていたからです。上述の市民調査ではアンケートに59%の方が新聞で知ったと回答しています。そのマスコミ報道もイベント中心で、残念ながら三番瀬の自然、漁業、護岸、用地問題など、論議の経過や、市民調査などは扱ってきませんでした。しかし、東京と毎日の解説はそうした経緯を踏まえて書いているように思われました。「三番瀬の再生」はスタートしたばかりです。市民と共に歩むマスコミに大いに期待しているのです。

(JAWAN通信 No.77 2004年2月20日発行から転載)