泡瀬を取り巻く状況

水間八重(泡瀬の干潟で遊ぶ会)

 沖縄では、夏の暑い日差しの下で干潟に出る人はほとんどいない。生きものたちも潮だまりの高温に参ってしまうのか、日中の干潟ではほとんど気配がしなくなる。ひとりでに耳の奧でキーンと高い音が聞こえてきそうなほど、静かな泡瀬干潟。そんな静けさのなかにも、喜ばしいことはある。事業者の決めた方針で、「貴重種」トカゲハゼの産卵・生育に当たる4月から7月は海上工事が一時停止するため、嫌な機械音がしないことだ。今はこんな様子だが、春先には驚くほど人が多かった。環境教育の重視やアウトドアブームで、今まで海に入ったことのなかった人々も遠方より足を運ぶようになっているのだ。付近の小学校でも総合学習のテーマとして泡瀬干潟を取り上げ始めた。泡瀬の生きものについて話した短い時間で垣間見た子どもたちの瞳の輝きは、とても印象的だった。沖縄島に(おそらく唯一)残された健全な干潟が、今注目されている。

▲干出した泡瀬の海草場にて
 泡瀬の環境全体をとらえようとする二つの大きなプロジェクトも動き始めた。日本自然保護協会の「泡瀬干潟 海草藻場自然環境調査」は、泡瀬海域の生態系の機能や役割の解明を主な目的とし、7月に専門家らの初会合が行われた。

 もう一つは去年11月に結成し、WWFジャパンの助成を受けて調査・研究活動を行う「泡瀬干潟生物多様性研究会」。泡瀬干潟の生物相の把握に重点が置かれており、7月には、日本初記録種の貝類や沖縄県版レッドデータブックにも記載されているカニの発見などを記者会見を通じて報告している。

 また、「泡瀬干潟を守る連絡会」による海草場の調査も継続して行われている。同会は、環境省のレッドデータブックにも記載されているヒメウミヒルモや、新種の可能性もある「ホソウミヒルモ」が工事区域内に生息していることを報告し、事業者に保全の申し入れを行っている。これらのニュースは地元紙に大きく報じられ、「泡瀬干潟埋立事業」や「環境保全」への人々の関心の高まりを表している。

 このような状況の中、事業者は環境保全策について検討する「環境監視・検討委員会」を改組して2つの委員会に分けた。工事に伴う影響を監視する「環境監視委員会」と、環境保全措置について検討する「環境保全・創造委員会」である。この2つは本来不可分のものだから、よほど両者の連携がよくなくては効果的な保全措置は望めない。しかも委員会開催の判断は事業者が行うのだ。委員会の改組は責任の所在を分かりにくくするための事業者の悪知恵ではないのか。

 しかし、いいこともあった。今回初めてNGOメンバーが委員に入ったことだ。またそれ以外にも、新たに選ばれた委員の中には、以前から泡瀬の環境に深い関心を示し、如何に保全すべきかを考えてきた専門家が何人か含まれている。そのため、委員会自体の運営は、以前よりも健全化してきた。改組前の委員会では、事業者による膨大な資料の説明でほとんどの時間を費やし、委員から発言があっても事務局が答えて議論にはならないという状況だった。しかし新しい委員会では、委員間の議論や事業者に対する提案が活発になっている。たとえば鳥類については、従来通りの調査では正確なデータが得られないとして、調査方法の変更が承認された。また、委員として「泡瀬」についての共通認識を持つために、地元の方々から歴史を学んだり、実際に干潟を歩いてその環境を知るための場を設けることが提案され、環境保全・創造委員会ではすでに一部が実行されている。

 このように、泡瀬の環境保全について真剣な討議が行われるようになった結果、6月末に開かれた第1回環境監視委員会では議事の積み残しが多く、急遽7月末に第2回の委員会が開催された。7月初旬に開かれた環境保全・創造委員会については、私は傍聴し損ねたが、同様の雰囲気だったと伝え聞いている。

 ところで、埋立工事区域内外で数々の生物が新たに見つかっていることについては、7月末に行われた環境監視委員会で事業者から次のような説明があった。「埋立区域内」に見つかった生物については、その周辺についても徹底的に調査され、「埋立区域内に生息しているのは全体の数%だから失われても問題ない」として、何らの保全策も立てないまま工事を進める方針を示している。また、「埋立区域外」で見つかっている生物については、「事業者の調査では把握していない」ことや「埋立区域内では見つかっていないこと」を理由に、やはり「影響はない」として、工事を再開したい考えだ。

 これについては、複数の委員が「これらの生物が保全されるという科学的根拠が示されておらず、保全策になっていない」ことを指摘、「このまま了承するわけにはいかない」としている。

 さらに同委員会では、複数の委員が「委員会の記者会見に事業者が同席すると、事業者の見解に委員がお墨付きを与えたような印象を与えるので、委員だけの会見にしたい」と発言。これに対して事業者は、「委員会を受けた事業者の見解を表明する場である」として、実際に委員を一人も同席させない事業者だけの記者会見を開いた。一方的な事業計画の説明などに終始したその会見は、委員会を受けていると言い難い内容だった。その後、両委員会の有志は事業者に対し、「委員会無視」の態度を改めさせる意味も込め、新種の可能性もある生物の保全策について、委員会で検討するなど慎重な対応を求める文書を送った。

 ところで気になる工事の再開だが、台風などの影響で護岸や仮設道路の石積みが破壊されるのを防ぐ「飛散防止ネット」の敷設が8月5日に始まった。けれど、事業者が「貴重」としているトカゲハゼやクビレミドロ以上に「貴重」かもしれない生物の保全対策については、沖縄県の環境部局と調整するのが建前である以上、「本格的な」工事の再開は当分先送りになる見通しだ。

 今年もまた鳥たちが少しずつ北から戻りつつある。干潟で聞く鳥の声は、バード・ウォッチャーでなくても心躍る。工事の影響で「沈黙の春」が訪れないことを祈りつつ……。

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(JAWAN通信 No.76 2003年9月1日発行から転載)