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あさりと三河湾

〜愛知の奇跡はこうして起こした〜

山本茂雄 (おかずトラスト ソーシャルデザイナー)

【はじめに】

 わたしは、愛知県豊橋市の貝問屋の三代目で、三河湾と豊川に生かされてきた、今年50歳になる少々くたびれたおじさんです。
 詳しくは、みずのわ出版から出ている「里海の自然と生活Ⅱ」をお読みください。
 私たちの生活の場であり産業基盤である干潟や浅場を守ろうと、1997 年7 月に旗揚げしたアジアの浅瀬と干潟を守る会ですが、あさりを使った取り組みは旧運輸省の港湾技術研究所と1990 年初頭から始めていました。(港湾技術研資料No.832)
 もっと遡れば、西條八束さんらが三河湾の一色干潟で行ってはじき出した干潟の定量的な浄化能力の調査研究も、愛知県が開発の青写真をどんどん具現化しようとする中、私たち豊橋の貝問屋が協力して実現しました。
 三河湾ではあさり、しじみ、はまぐりは、漁協はタッチせず、その歴史的な経緯から商取引だけではなく、繁殖から漁場管理まで貝問屋が行ってきたからです。
 「愛知の奇跡」とは、全国的に減少するあさりの漁獲高を10 年で2 倍、取引価格を1.5倍に引き上げてきたこと。環境系だけで括れば三河湾の慢性的な珪藻赤潮を解消し、卵の腐ったような悪臭を放つ観光地蒲郡市竹島海岸の公害だったアナアオサ被害も解消したことを指します。

あさり漁獲量の推移
(農林水産統計に未集計の相対取引を合算したもの)

【三河湾流の自然再生】

 矢作川河口堰、一色沖の巨大空港( 中部国際空港)、三河港の拡張工事。私たちは、体を張ってこれだけの開発という名の自然破壊を中止に追いやり、自分たちの生活の糧であり三河湾の生態系・物質収支の要であるあさり、しじみを守ってきました。
 こうした乱開発を止めれば、自然は自然に回復することを知っていたからです。ただ、中止に追い込んだやり方が少し変わっているかもしれないので、簡単にご説明します。
 漁師たちを味方につけるために、デフレ不況であらゆるものの値段が下がる中、彼らの収入が上がるように新橋料亭を中心に価格創造活動を頻繁に行いました。単なる接待ではない食と環境についてレクチャーをしながら、あさりや三河湾の絶品水産物を食べて頂きました。
 その次は、漁師自らに自分たちの漁場環境を知ってもらうために、気温、水温( 上下層)、酸素濃度、塩分濃度を測定させるようにしました。これが定着すると、漁業管理、資源管理が容易にできるようになりました。
 (詳細は「三河湾と生きる」)
 最後に、役所ではなく実際に港湾施設を利用している事業者との対話を行いました。 
 具体的な例をあげると、トヨタ自動車の豊田章男さんへの事業提案です。港湾管理者の愛知県も国交省の港湾局も、ハブ港( 海上物流の促進は大型船舶の入港できる港湾施設)建設の一点張りでした。
 しかし、わたしも貨物船を使った貝の輸入を行ってきた経験から、港湾利用者は儲かる物流をシステムとして欲しがっていることを知っていました。生鮮食料品は速さですが、耐久消費財である自動車などは、速さと同時に安さも求めていたのです。
 ロシア・EU への輸出に、後発の韓国メーカーが行っているウラジオストックからシベリア鉄道を使った物流を提案しました。これならば、大型コンテナ船を就航させることなく、小型中型船で早く安く運ぶことができます。トヨタが儲かるだけではなく、青潮の原因になる航路・泊地を深くしなくてもよくなり、三河湾の青潮拡大を予防できます。

【今後10 年で行うこと】

 これから10 年かけて、「青潮のない豊かな三河湾」を目指して、以下の取り組みを始めています。設楽ダム計画の中止と大野頭首工、寒狭川頭首工の2 つの川のギロチンを撤去して、豊川にかつてのような水と砂の流れを回復させることです。
 実現には、役所に何かを訴えるとか単に建設工学的な分野に働きかけるだけではなく、一次産業同士の理解を深め、共存共栄態勢を地域社会全体で築くこと。そのために、地元の愛知大学を核に農・林、水産、工業、商業高校を、Facebook などのSNS を使って人財と新たな商品、サービス、牽いては産業を興したいと中期の計画をしています。

地域創造ミーティングで高校生との交流( 愛知大学にて)

【さいごに】

 ご紹介した考え方・やり方が、どこでも通用するとはわたしは思いませんが、流通を通して全国に年間延べ8 千万人のあさり消費者の皆様に、一人称で三河湾を語っていただけるまでになりました。三河湾で得た教訓として、多様な分野や階層への働きかけと、活動を目的としなかったことをまずは挙げておきます。
 農林業や流通は言うに及ばず、医療看護、社会福祉へ飛び込んでいくこと、小学4 年生でもわかる( 理解だけでなく共感してもらえるカタチにして) 創意工夫、あさりをシンボライズすることは有効でした。皆様方の抱える問題が、一日も早く解決することを心から願っています。

(JAWAN通信 No.106号 2013年11月14日発行から転載)

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