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干潟・湿地の重要性と生物多様性

佐藤正典 (鹿児島大学理学部教授)

講演する佐藤正典教授

1) 干潟の高い生産力がもたらす恵み

 干潟は一見地味ですが、実は、生物がたいへん豊富な所です(図1)。その理由は、まず、陸の生態系に由来する豊富な栄養塩(窒素、リンなど)が、河川を通して、絶えず供給されていることにあります。さらに、平坦な干潟の表面は、ソーラーパネルのように、太陽エネルギーをふんだんに吸収できます。
 その結果、陸から湾内に流入する栄養塩の多くが、まず、干潟の生産者(植物や藻類)に吸収され、光合成によって有機物に転換されます。それが様々な底生動物に食べられ、食物連鎖を通して、最終的には、その栄養が大型の捕食者(鳥、魚、イルカ、人間の漁業など)に取り上げられ、湾の外に運び出されます。これによって湾内に流入する窒素やリンの多くが水中から除去されるので、内湾の富栄養化が抑制されることになります(図2)。
 すなわち、干潟生態系は、水中の栄養塩を「ただで」除去してくれる天然のフィルター(人工的な下水処理システムでは「高度処理」と呼ばれるコストの高い機能)として働くと同時に、豊富な水産資源を産み出してくれています。

図1 九州の砂泥質の干潟の主な生きものたち

2) 日本人の食料庫としての干潟の大切さ

 私たちの先祖は、米を食べる前から干潟の魚介類(アサリ、ハマグリ、ハイガイなど)を食べていました。その証拠は、縄文時代の貝塚にあります。また、クルマエビ類のように、成体は干潟に住んでいなくても、産卵や保育の場(幼稚子が育つ場)として、干潟を利用している動物も少なくありません。干潟は、内湾全体の漁業を支える場であり、子孫のために残すべき大切な食料庫と言えます。

図2
干潟のある内湾(上)と干潟を失った内湾(下)の比較.(上)干潟生態系の食物連鎖によって、陸から流入する栄養分 の多くが人間の漁業資源や鳥の食物に転換され、最終的に系外に運び出される。(下)干潟が失われ、海底の浚渫によ る窪地もできている。流入する栄養分が運び出されることなく湾内の海底に沈澱し、海底が酸素不足となり、ますます 生物がすみにくくなる。

3) 底生微小藻類の重要性

 底生微小藻類(主に珪藻、図3)は、干潟で最も重要な生産者の一つです。透水性の低い泥干潟では、その増殖によって、泥の表面が緑褐色に見えるほどです。この珪藻は、様々な動物の食物となります。たとえば、干潮時には、巻貝やカニ類などの表層堆積物食者に食べられ、満潮時には、水中に巻き上がったものが二枚貝などの濾過食者に食べられています。

図3 底生珪藻の一種。長さ約0.1mm。
1994 年5 月、鹿児島湾の重富干潟。

4) 干潟上部を縁どる泥の世界と 塩生植物の重要性

 内湾奥部(あるいは河川感潮域)の干潟の上部(満潮線付近)には、潮汐の作用によって、細かい泥の粒子が堆積します。その最上部は塩生植物が茂る場所(塩沼地)になっています。普通の陸上植物は塩分に弱いために干潟に入り込むことができず、耐塩性を獲得した塩生植物だけが、ここに生育できます。
 このうちヨシ(アシ、葦)は、日本各地の塩沼地に最も普通に見られる種です。

図4  護岸や干拓のための堤防建設による
干潟の上部(泥質部と塩沼地)の消滅

 これまでの沿岸開発(埋立てや干拓)でまっ先に失われたのは内湾奥部の干潟の上部でした。一見、「干潟」が保全されているように見えても、多くの場所では、護岸堤防が満潮線よりも海側に築かれているために、干潟上部の泥の世界と塩沼地が失われています(図4)。そのため、泥の環境や塩沼地に依存する様々な小動物や塩生植物の多くが絶滅の危機にひんしています。その中には、日本ではもう有明海奥部にしか残っていないものもいます(塩生植物のシチメンソウ、二枚貝のハイガイ、巻貝のウミマイマイ、多毛類のアリアケカワゴカイなど)。

5) 和白干潟の底生生物相

 環境省の全国干潟生物調査の一環として2002 年4 月に実施された調査では、42 種の底生動物の生息が確認されています。内湾奥部に特有の二枚貝であるオオノガイ(準絶滅危惧)の生息密度が比較的高いことが特筆されます。また、干潟上部にヨシ原(塩性湿地)とそれに依存した底生動物相が残っていることも重要です。
 その一方で、大きな港がある博多湾に位置する干潟なので、東京湾や伊勢湾と同様に、外来種の侵入が起こりやすいと思われます(たとえば、多毛類の外来種であるアシナガゴカイが見つかっています)。

(4月6日講演会「日本の湿地を守ろう」資料より)
 
(JAWAN通信 No.105号 2013年6月21日発行から転載)

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