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設楽ダム訴訟と環境保全の課題

市野和夫 (設楽ダムの建設中止を求める会代表)

1. 設楽ダムをめぐる状況

 設楽ダム事業は、現在、事業者である国土交通省中部地方整備局みずからの手による「再検証中」とはいうものの、本体工事など新たな段階に入らないとするだけで、今年度約100 億円もの予算を注ぎ込んで、水没家屋の移転補償など「再建」事業を進めています。

2. 設楽ダム公金支出差止住民訴訟

 私たちは、この事業を国と一体となって進め、事業費のおよそ3 割を負担する愛知県に対して、2007 年に公金支出差止の住民訴訟を起こし、取り組んできました。
 2010 年6 月30 日の一審判決(名古屋地裁)は、ダムを造る必要性については怪しいところがあることを認めた上で、無限定に行政裁量の範囲内と判断しました。そこで、私たちは控訴審において、まず、最高裁判例を根拠として、行政裁量が認められる範囲の限界、いいかえると違法と判断しなければならない条件を明らかにしました。
 その上で、違法となる証拠を調べ上げ、それらを示して、裁量範囲を超えた違法な事業であることを明らかにしてきました。愛知県側の弁護団はまともな反論をできない状態になっています。控訴審は最終局面にきており、これから現地検証を実施させることが焦点の一つになっています。

3.「流水の正常な機能の維持」のためのダム

 不要な事業であることを雄弁に物語っているのが、設楽ダムの目的別貯水容量の大半を占める「流水の正常な機能の維持」です。
 総貯留容量9800 万m3 のうち、6000 万m3、61%(堆砂および洪水調節を除いた正味の貯水容量の82%)がこの目的となっています。流水を貯めて止水にするのがダムですから、日本語として意味不明なのですが、国土交通省河川村には特別の定義があるようです。
 河川下流部の基準となる地点で、毎秒5m3未満の流量ではアユの産卵に支障をきたすので、それを下回る際には、貯めておいたダムの水を放流するなどとしています。ダム建設がひきおこす、河川流域はもちろん海まで及ぶすさまじい環境影響には触れずに、「渇水時の川の環境を維持する」目的で水を貯めるダムを造るのでは、本末転倒も甚だしいと言わざるをえません。

設楽ダムの目的別貯水容量(106㎥)

 近年のダム建設目的に、「流水の正常な機能維持」を掲げる例が増えてきているようですが、不要不急な事業を、膨らませて、とにかく大きなダムを造りたいというのが事業者の狙いのようです。大半がこの目的となっている設楽ダム事業が違法でないと判定されるようなことがあれば、ダム〜河川村はますます増長し、結果として巨大な自然・環境破壊が全国で続くことになるでしょう。是非とも止めねばなりません。

4. 自然保護・環境保全の課題

4 − 1 ダム湖、水没の影響
 絶滅危惧種で国の天然記念物でもあるネコ
ギギは、ナマズの仲間の淡水魚で、伊勢・三
河湾周辺の河川にのみ棲息している固有種で
す。水没する豊川(寒狭川)上流部は愛知県
内でも数少ない棲息条件のそろった場所で
す。移植による保全は不可能です。
 またダム湖によって分断される小流域に
は、ナガレホトケドジョウ(東海個体群)が
棲息しており、西日本の個体群とは異なる系
統であることが研究者によって明らかにされ
ています。この希少種への対策が何も取られ
ていません。

4 − 2 ダム下流の河川生態系

 豊川上流部は、支流の宇連川流域が既設ダム群と取水の影響で、すでにアユも育たない川になってしまっています。
 設楽ダムが建設されつつあるもう一つの支流寒狭川上流部は、現在のところ、大きな構造物もなく、川原が発達し、砂利が豊富な瀬と岩場の渕とが交互に連続する状態のよい清流で、アユやアマゴ釣りでにぎわいをみせています。
 この寒狭川の上流から、砂利と自然な流水を奪うのが設楽ダムです。カワガラスが川虫をついばみ、豊富なカワムツを狙うカワセミやヤマセミが棲み、冬にはオシドリが群れる川でもありますが、ダムができれば、この豊かな生態系が大きく劣化することは目に見えています。

豊川上流部寒狭川のアユ釣り(提供:古橋正一)
春の六条潟で遊ぶ

4 − 3 渥美湾(三河湾東部)生態系への影響

 もう一つ設楽ダム建設を許せない事情があります。豊川河口干潟は六条潟と呼ばれ、三河湾東部の湾奥に位置しています。1960 年代後半以降の埋立てによって湾奥の浅場の大半が埋立てられ、瀕死の海となった三河湾。
その湾奥に遺された貴重な干潟浅場が六条潟で、国産アサリの大きな割合を占める愛知のアサリを支える重要な種場となっています。
 設楽ダムは、雨量の多い夏季に貯水して、渇水期(主として冬季)に放流する目的ですから、ダムができれば夏季に豊川から三河湾に注ぐ豊川の流量が減少します。豊川からの淡水流入が三河湾の海水交換を担っていますので、川の水が減れば海水交換が衰え、貧酸素水塊の発達をさらに促すことになります。
 暖候期に発達する貧酸素水塊は、アサリ稚貝などを全滅させる青潮の原因となっています。しかしながら、事業者は三河湾への影響はないものとして環境影響評価の範囲に含めませんでした。

アサリや二枚貝の湧く砂干潟
六条潟(アサリ稚貝の試験採取)

参考資料)佐々木克之(2012):ダム建設における流水の正常な機能の維持とは?,北海道の自然,第50 号,pp.91 − 98

(JAWAN通信 No.103号 2012年10月21日発行から転載)

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