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ラムサール条約ブカレスト会議に向けて

(COP11:2012 年7 月)

小林聡史 (釧路公立大学環境地理学教授)

1. 東ヨーロッパ最初のCOP

 2012 年は環境問題を考える多くの人々にとってなかなか忙しい年になりそうだ。1992 年の「地球サミット」から20 年目ということで、国連「リオ+ 20」会議、ラムサール条約および生物多様性条約、どちらもCOP11 が開催予定だ。
 また、IUCN( 国際自然保護連合) の総会「世界自然保護会議」も開催予定である。
 ラムサール条約は自然環境保全に関する国際環境条約としては最初のものとして、1971 年に採択されているが、COP とCOPの間隔が空いているため、92 年に誕生した生物多様性条約とCOP 数が並び、今後は差が開いていくことになる。
 日本の年度で言えば、来年3 月の年度末にはワシントン条約のCOP16 がタイで開催予定だ。
 ラムサール条約の締約国会議(COP)はこれまでヨーロッパで数多く開催されてきたが、東ヨーロッパで開催されるのは初めてとなる。湿地条約を誕生させるにあたって、条約草案に関わった人々は、冷戦真っ只中の時代に東西両陣営の協力が不可欠と考えていた。
 ソ連を中心とするワルシャワ条約機構軍のチェコ侵攻(1968 年) によって、ラムサール条約は頓挫しそうになり、まさに綱渡り状態で1971 年のイラン会議につなげることができたのだ。

2. 条約湿地のネットワークと地球環境問題

 2012 年3 月、全世界の条約湿地( 登録湿地) の総数は2000 を越えた。もっとも10年前のバレンシア会議で採択された『戦略計画』では、2010 年までに2500 ヶ所という目標を掲げていたので、目標には及んでいないが、それでも特定タイプの生態系を結ぶ世界的なネットワークとしては間違いなく世界最大級だ。
 条約湿地の数だけが増えても、その質的問題は常に議論の的だ。どこまでがワイズユースで、どこからがオーバーユースなのか、2000 ヶ所を一律に論ずることはできないので、地元での取り組みと合意形成が重要となる。
 ラムサール条約では毎年「世界湿地の日」のために、その年のテーマを決めて広報活動に取り組んできた。COP がある年にはCOP自体のテーマもリンクすることになる。2012 年のテーマは「湿地と観光」だ。マナーの悪い観光客が多く訪れるようになってしまえば、脆弱な生態系が多い湿地はたちまちのうちに環境負荷によって、その「生態学的特徴」に変化が生じてしまう。
 一方で、必要に応じて環境負荷を減らす努力をしつつ、観光客にも湿地保全に興味を持ってもらえるような取り組みが行われるならば、湿地保全やラムサール条約だけではなく、環境問題全般にとっても強力な味方を増やしていくことになる。広報〜環境教育が重要となる理由である。ラムサール条約や生物多様性条約ではCEPA と呼ばれている活動がこれにあたる。

表1. ラムサール条約COP11 決議案一覧

1:ラムサール条約事務局の所属先
2:予算関係
3:戦略計画2013-2015 部分の調整
4:条約湿地の状況
5:地域イニシアティブ
6:多国間環境条約等との協働( シナジー)
7:観光と湿地
8:条約湿地の記載手法の調整
9:湿地喪失回避、ミティゲーション、補償の枠組み
10:湿地とエネルギー問題
11:都市内及び周辺における湿地の計画策定及び管理の原則
12:湿地と健康―生態系アプローチ
13:湿地保全と貧困削減
14:気候変動と湿地
15:農業と湿地の関係
16:条約における科学技術的知見の応用
17:条約の2013-2015 における科学技術的側面の実施
18:STRP の運用細則
19:常設委員会の地域割り
20:湿地の恩恵維持のための行政及び民間による責任ある投資
21:湿地と持続可能な開発─テヘラン宣言

 湿地保全はまた、それ自体が他の環境問題解決の糸口を与えてくれる。環境問題はいろいろなところでそれぞれがつながっているので、当たり前と言えば当たり前だが、ラムサール条約ルーマニア会議で議論されるいくつかの決議案を見ても関連性がわかる。「湿地と観光」以外にも、「湿地とエネルギー問題」、「気候変動と湿地」、「農業と湿地」、さらには「湿地と持続可能な開発」、「湿地保全と貧困削減」等、幅広い問題解決に向けての取り組みを湿地保全を通じて行うことが可能なはずだ。

3. ドナウ・デルタの保全

 こういった広い視野を持つこととともに、やはりラムサール条約では個別の湿地保全への取り組み、地に足の付いた息の長い活動も決して忘れてはならない。ルーマニアが世界に誇る湿地、ドナウ・デルタにも実は大きな問題がある。美しき青きドナウはヨーロッパあを代表する国際河川であり、その下流部では保全といっても単独の国家だけではうまくいかない。
 ルーマニアと隣国ウクライナがラムサール条約に加盟したのは1991 年になるが、その直後に開催されたラムサールCOP5( 釧路会議) の時代から、ドナウ・デルタはCOP が採択する勧告や決議の常連となってきた。ドナウ・デルタのウクライナ側では大型船舶が航行可能な水路の掘削工事が進められてきており、ルーマニア側でも大きな影響を受けかねないと懸念が表明されているからだ。これまでにもラムサール条約と世界遺産条約の協17働調査団が現地を訪れている。
1991 ドナウ川関連諸国会議
 9 月 ルーマニア、ラムサール条約に加盟
12 月 ウクライナ、ラムサール条約に加盟
1993 ラムサール条約COP5(釧路会議)
勧告1.
 個別湿地に対する勧告でドナウ・デルタを含むドナウ川下流域の問題を扱う。
1996 ラムサールCOP6(ブリスベン、オーストラリア)勧告17.5
 再びドナウ川下流域を扱い、ルーマニアとウクライナの努力に言及。
1999 ラムサールCOP7( サンホセ会議)決議12
 ドナウ川下流域諸国を代表してルーマニア政府が声明
2000 ルーマニア北部における鉱山事故によって、毒物がドナウ川の支流、ハンガリーのチサ川に流出
2003 ウクライナ側に調査団派遣
2005 ラムサールCOP9 決議15 においてウクライナにおける航路浚渫工事に言及。
2008 ラムサール条約調査団派遣
 COP10( 昌原会議)決議13 ルーマニア、ウクライナ、モルドバの共同作業を要請。
2009 ハンガリー西部アルミニウム精錬工場の大型貯水池において堤防が決壊、大量の有毒汚泥が流出
2010 ドナウ川流域閣僚会議

ラムサール条約事務局があるIUCN 本部(スイス・グラン)

4. 最後に

 決議案の最初に掲載されている「ラムサール条約の所属先」について簡単に触れたい。一見すると妙な、おそらく事務手続きに関する決議案と思われるかも知れないが、実はラムサール条約の運営の仕方を根本的に変えてしまうかも知れない爆弾を抱えている。ラムサール条約は他の自然環境保全に関わる国際環境条約達と異なり、条約誕生にも貢献したIUCN 本部の中に事務局を設けている。職員もスイスの法律上はIUCN 職員として扱われる。これを他の条約と一緒にUNEP 傘下に統一した方がすっきりするのでは、という指摘はこれまでにも何度か行われてきた。
 UNEP 傘下になったからといって、条約運営にこれまでのようにIUCN、WWF インターナショナル、バードライフといった国際NGO が関われなくなる、というものではないだろうが、常設委員会で案を一本に絞れず、IUCN 傘下のまま案1 と、UNEP 傘下に移行する案2 の両論併記で決議案1 は構成されている。いいのか、これで!?……ちょっと心配である。

(JAWAN通信 No.102号 2012年5月31日発行から転載)

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