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福島原発事故のダメージからの出発

大沼淳一 (生命流域ネットワーク世話人・
未来につなげる東海ネット)

 我々は本当に能天気でした。原発反対運動をしてきたつもりの私自身も危機意識が足りませんでした。福島で起きた破滅的な事故を目のあたりにして、改めてマグニチュード7以上の地震が起きている地震帯の世界分布と原発立地点の重なりの地図を見て唖然としている始末です。
 少々の例外はあるものの、こんな無謀なことをしているのは日本と台湾だけなのです。しかも54 基もの原発を稼働させています。

世界の地震帯と原発立地点(朝日新聞掲載)

 原発事故の確率(リスク)は、隕石が衝突する程度に小さい(確か50 億炉年に1 回?)などとまことしやかなウソを並べたのは、マサチューセッツ工科大学のラスムッセンが主査を務めた報告書でした。日本の原発推進勢力は、この報告書を金科玉条のごとく振り回して、原発安全神話をばらまき続けてきました。
 しかし考えてみれば、スリーマイル島原発事故(1979 年)以来、わずか32 年間で3 回目の破滅的事故が起きたのです。たった400 余基で32 年間に6 基が破滅事故を起こしたということもできるでしょう(概算すれば3000 炉年に1 回)。
 福島では約10 万人の人々がかなりの被曝をした上に住む場所を失いました。約200万人が迷いと不安の中でとどまり続けながら被曝を続けています。
 思い切って自主避難をした人々には補償も何もありません。東北と関東を合わせて約2000 〜 3000 万人がなんらかの被曝をしています。東日本の沿岸生態系に対するダメージははかりしれず、汚染した海産物による内部被曝が日本中で発生するでしょう。
 この惨状にあってもなお、原発推進勢力は原発と東京電力の存続のためにうごめき、つい数日前には北海道・泊原発の運転再開を高橋知事が承認してしまいました。全国の原発立地市町村でも、原発再開を求める声が上がっています。まるで麻薬患者のように、重い原発依存症にかかっているのです。
 事故後すぐに東京電力は計画停電という名の無計画停電を演出し、原発続行のための布石を打ちました。しかし、暑い夏が終わりを告げそうな今日(8 月20 日)までの段階で、30 数基の原発が停止したままにもかかわらず、どこの電力管内でも停電は起きませんでした。つまり、原発を全部止めても大丈夫だったのです。これまで原発につぎ込まれてきた膨大な税金を一刻も早く再生可能エネルギーの開発に振り向けるべきです。
 幸いにも太陽光でも風力でも、日本の技術は世界トップ水準ですから、お金のインセンティヴさえかけてやれば、数年以内には生産量も売上高も世界1 位のシェアを獲得できるでしょう。
 高速増殖炉・もんじゅを即時廃炉とし、核燃料サイクルが破たんしたために不要となった六ヶ所村の再処理工場を閉鎖すべきです。核燃サイクルのために積み立てられてきた埋蔵金は数兆円もあるのですから、それを今回の被災者のための補償金として使うべきです。
 もちろんうまい話ばかりではありません。すでに享受してしまった原子力発電の電気の見返りとして、膨大な量の使用済み核燃料がたまっているのです。死の灰の塊です。福島原発の収束方法さえ見つかっていないうえに、こんなお荷物を抱えてしまっています。
 我々は核エネルギーを享受して、生じた毒だけを未来の人々に託そうとしているのです。さらに、停止した原発には冷却のための電気が必要です。例えば、停止した浜岡原発3 〜 5 号機の冷却のために、なんと6 万キロワットの電力が送られているのです。
 これらの重い原罪を負いながら、我々は長い放射能汚染時代を進んでいかなければなりません。


 福島だけでなく、北は岩手県から南は関東全域での除染作業が必要です。食品汚染に対しては、全ての人々とりわけ放射線感受性の高い子供や妊婦を守るために、全食品の放射能分析が必要です。政府によるデタラメな暫定規制値に対抗して、自主基準を提案する必要があります。同時に、生産者を守る手立ても必要です。
 もう一つ大切なことがあります。我々がめざす「原発に依存しない社会」は、原発の代わりに再生可能エネルギーをふんだんに利用した物質的に豊かな社会ではないということです。
 原発の放射能汚染がなくても、物質とエネルギーを浪費するコンビニエンスな社会は、必ず地球を壊します。無駄な便利さ(コンビニエンス)を棄てて、質素で心豊かな社会だと思います。成長しなければ倒れてしまう自転車のような社会ではありません。
 人権や民主主義が大切にされ、差別や搾取のない社会でもあると思います。もちろん、南北問題もありません。
 さらに、近代科学技術が直面している不確実性をまえにして、予防原則が前提とされる社会でなければなりません。危ういリスク評価で不確実の霧を強行突破しようとした挙句の事故が福島原発事故だったからです。遺伝子組み換え技術や臓器移植もしかりです。破滅的な事態を招くかもしれない技術は、安全が証明されるまでは手を出さないという縛りが必要なのです。
 また、科学的に証明されないからと言って、その対策を怠らないというのも予防原則です。地球温暖化仮説のように、まだまだ反論が出ていて科学的に確定しない問題も、もしそれが起きてしまった時に大変なことになるとしたら、対策をとっておこうという立ち位置です。実はこの原則は、1992 年のリオサミットで確認された原則であり、生物多様性条約・カルタヘナ議定書にも明記されているのですが、まだまだ不十分なのが現状です。
 昨年開催された生物多様性条約締約会議COP10 の準備段階で誕生したCBD市民ネット・生命流域部会は、物質浪費文明が破壊した流域の循環を再生し、分断されてきた上流域と下流域の間の不公平や不条理(内なる南北問題)をなくしていくために下流域都市圏による上流域支援の仕組みを作ることを主張しました。
 福島事故からこの列島が再生していくためには、「頑張ろうニッポン」の掛け声(またまたバブリーな日本への回帰のにおいがする)ではなく、まさにこの考え方を具体的に展開していく必要があると思います。河川の上下流だけではなく、繁栄する東京圏に対して、若い労働力を吸い取られ、自由貿易体制下で安い農林産物が大量に輸入されて苦しみ、疲弊のはてに原発を押し付けられた東北という南北関係も見えてきます。生命流域部会は8 月29 日に、これらの課題を担うために後継組織・生命流域ネットワークとして再出発することになりました。


 やはり今月結成された脱原発社会をめざすゆるやかなネットワーク「未来につなげる・東海ネット」は、食品中の放射能含有量を測定して市民に情報提供するとともに、地方自治体や政府に測定体制の早急な整備を求めていくために、市民放射能測定センターを開設します。高木仁三郎市民科学基金から100 万円の助成金をいただき、借入金と併せて500 万円の測定機を購入したのです。測定機が品薄で入手まで時間がかかるということで、お金が集まらないうちに発注してしまったので大変です。
 また、測定ボランティアを募集しています。専門家が講習をしますから、文化系の方でも大丈夫です。手軽な安い費用で心配な放射能汚染を測定できる体制をつくるためには、お金と多くのボランティア測定者が必要です。専門家に騙されない市民科学の担い手を養成していくという意味合いもあります。高木仁三郎さんの思いとも重なる活動だと思っています。
 以上は、比較的汚染の少ない東海地方での動きのご紹介ですが、もちろん、激甚地である福島および疎開している方々も含めた福島の人々を救援する活動もあります。 
 東海ネットに参加しているチェルノブイリ救援中部は、福島県の土壌汚染を調査し、除染方法の提案なども始めています。日本中の英知を集めて、この列島の上に新しい世の中を築いていきたいと思います。ともに頑張りましょう。

(筆者の連絡先:E mail : nw4j-oonm○aasahinet.or.jp)

(JAWAN通信 No.100 2011年9月30日発行から転載)

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