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鉄鋼スラグ問題とは何か

松本宣崇 (環瀬戸内海会議事務局長)

 製鉄・製鋼生産1,000 万t当り300 万tの鉄鋼スラグが排出されるといわれる。その処分は従来、自社処分と称する企業所有地内の埋立てや、製鉄所の臨海立地を利用した公有水面埋立てで処分してきた。岡山県では、県の外郭団体が約40 年前から「優良」新産都市水島のJFE スチール(旧川崎製鉄)地先の海に産廃処分場を建設・運営し、鉄鋼スラグ、火電の石炭灰を大量に受け入れてきた。
 しかし、それも限界に達してきたと判断したのか、編み出されたのがグリーン購入法特定調達品目。公共事業、主に道路建設や港湾整備など埋立て材・路盤材に鉄鋼スラグ使用を義務付けた。廃棄物処理法では強アルカリは特別管理廃棄物であるが、グリーン購入法では鉄鋼スラグは特定調達品目なのだ。2005 年ごろ、製鉄企業HP には「グリーン購入法はビジネスチャンス」の文字が躍っていた。
 その背景には3 点が考えられる。①製鉄会社の鉄鋼スラグ処分地の不足、②中国景気で増産による大量発生、③瀬戸内海の海砂採取は06 年3 月末、愛媛県を最後に全面禁止となったが、その代替材として廃コンクリートより回収される再生砂の利用。
 こうして、鉄鋼スラグの行き場を求め、塩田跡地や採石場跡に狙いを定めたのではないか。瀬戸内海には塩田跡地や採石場跡は数多く、しかも塩田跡地は現在、塩性湿地として環境省の「日本湿地500 選」に選定されているところも多い。
 以下、瀬戸内海で起きた事例を検証してみたい。

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2006.4.11今治市吉海町鉄鋼スラグ持ち込み現場

今治市吉海町の事例

 06 年2 月、今治市吉海町(伊予大島)津倉地区で、鉄鋼スラグからの強アルカリ水の漏出が発覚した。2 月3 日付愛媛新聞で、「鉄鋼スラグからpH 12.5 の強アルカリ」と報道されたのだ。
 05 年11 月より搬入された鉄鋼スラグは、塩田跡地約1,6ha の面積に5万5千t。その厚みは2 mを越し、搬入業者はこの搬入を「埋立て材の一時保管所の造成」と主張していた。
 現地には住宅地が隣接し、住民に粉塵・臭気による健康被害・住環境の悪化をもたらした。しかも、鉄鋼スラグからの浸出水は強アルカリ性を有し、かつての塩田への導水路を通じて瀬戸内海に流出、カキの大量死を招いた。
 行政の言い分はこうだ。鉄鋼スラグはグリーン購入法に基づく特定調達品目であり、廃棄物でなく有価物である、しかも自社地内での一時保管であり、廃棄物処理法による立ち入り検査とか、取締りの対象とすることはできないと。
 これまで瀬戸内海の島とうしょぶ嶼部では、砕石場や塩田の跡地が、産業廃棄物の最終処分場とされてきた。また、廃棄物か有価物かの議論は豊島でも起きた。愛媛県と今治市は住民に健康被害が起きている現実を直視し、実態調査を実施すべきであった。
 吉海住民は自ら、健康被害実態調査を取りまとめ、岡山大学大学院教授による健康疫学調査の結果、乾燥スラグから飛散したアルカリ性の微細粉塵が、近隣住民に様ざまな症状を生じさせ、スラグと健康被害との因果関係が明らかとなった。
 県とともに採取したサンプルの計測結果を発表した。侵出水からフッ素(猛毒)やセレンのほか、環境基準の2倍の水銀、5倍の砒素、9倍の鉛、特別管理産業廃棄物に当たるPH12.9 の強アルカリ水が検出された。
 また、日本水産資源保護協会作成の水産用水基準では、アルカリ性はpH7,5 〜 8,3 と非常に狭く、海がアルカリ性に非常に脆い。しかし鉄鋼スラグは強アルカリ性で、フッ素・セレン・コバルトなどの重金属を含有し、海に直接溶出・浸出する利用をすべきでないと主張する専門家もいる。
 06 年6 月21 日住民説明会で、東部開発はスラグ撤去を表明した。住民側は、スラグそのものの有害性と、環境及び健康への被害の実態を訴え、スラグの早期で安全な「完全撤去」と「原状回復」の方法を、模索していくことで合意した。
 06 年中旬には、スラグ掘削撤去面を確定し、撤去作業が始まった。スラグは吉海港から排出先の日新製鋼と神戸製鋼に戻され、07 年4 月には全量撤去された。

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2006.7.8 撤去工事が始まった

 撤去されると跡地にたくさんの生き物が戻って来た!これから、吉海の自然が元の姿に帰っていき、豊かな海と共存した地域の生活が末永く続いていく。現場からは鉄鋼スラグはなくなったが、むき出しの鋼矢板が痛いたしい。周辺道路の崩落を防止しなければならないが、いずれ形状変更が必要になろう。
 愛媛県・今治市は現状では跡地を所有する意志は今のところない。また、土地の所有権はすでに親会社に移転されている。自治会が土地を保有することに支障はないが、地域には水の管理や草刈等恒常的管理が必要であろう。
 地区住民から異口同音に遊水地として残したいとの思いが語られる。遊水池としての機能を残すなら行政の支援が必要であり、地域の防災上からも当然だろう。
 跡地の将来像を考えるため、地域で情報の共有と合意形成のために議論する必要があろう。

(JAWAN通信 No.98 2010年12月10日発行から転載)

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