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〈愛知・渥美半島表浜海岸〉

湿地としての砂浜とアカウミガメ

田中 雄二 (NPO法人表浜ネットワーク代表)
産卵にやってきたアカウミガメ
表浜海岸 産卵にやってきたアカウミガメ(撮影・田中雄二氏)

 表浜海岸は、愛知県東部にある渥美半島の太平洋沿岸約 57Km の長い海岸線です。隆起した地形は連なる丘陵と海食崖となり、荒々しい太平洋の波を受ける陸との境界には、砂浜が長く弓状に続き、空と海と陸の雄大な景観を創り上げています。
 世界でも 5 番目に長い海岸線を保有する日本なのですが、今や海岸線のほとんどは人工化が進められ、自然が保たれている砂浜に至ってはわずかな距離しか残っていません。北太平洋域でアカウミガメの唯一の産卵地といわれる日本の砂浜の現状として危惧される所以です。
アカウミガメの産卵地 表浜海岸
アカウミガメの産卵地 表浜海岸
 

湿地としての砂浜

 一般的に、他の湿地に比べ、砂浜にはあまり生き物がいないと思われがちです。砂浜は他の湿地に比べ、波浪や風などの環境変動が大きく、一定どころか常に動的な環境と言えるのでしょう。
 そのような動的な環境であることで生物などの観察が困難なこともあり、結果として資料や文献なども非常に少なく、誤った認識が生み出される原因となっているようです。同様に砂浜の印象は、あたかも単調な景観から変化が無いと判断されてしまうようです。
 しかし、表浜海岸では、特に外洋に面した砂浜をよく観察すると、様々な生き物や植物の繋がりと拡がり、そして砂浜特有の緩やかな推移から、様々な連続性を見出すことができます。例えば春から夏にかけて波打ち際では、砂表をよく見ると無数の小さな穴と元気よく跳ねるハマトビムシを見つけることが容易です。
 波打ち際では海洋から漂着した海藻や魚の死骸などを食す、小さな浜辺の生き物が無数に生息しています。生物による分解力と共に打ち上げられる波によって砂浜は、大きな浄化能力を持ち、大きな分解・濾過システムとして働きます。
 分解された成分は植物・動物性プランクトンへと繋がり、そのプランクトンを補食する沿岸砂州内の仔魚・小魚から、さらに沖合の大きな魚へと、食物連鎖は海洋に繋がっていきます。その命の繋がりの延長線上にアカウミガメが存在しています。
 陸側にも同様に繋がりが展開され、前浜から波の遡上限界線の後浜、そして砂丘から最前線の植生が始まります。砂浜に強いコウボウムギが先に定着し、砂丘が形成されるとハマニガナやハマヒルガオなど低層を覆い、さらに安定した砂丘となります。
 そして少しずつ背を伸ばしたハマエンドウやケカモノハシ、さらにシャリンバイやトベラなどの低木に移り、背後の丘陵では亜高木から高木に推移していきます。
 このような植生の繋がりを利用して、アカテガニなどの小動物が移動しています。表浜海岸は、他にはない背後地まで連続する理想的な海浜環境を形成しています。
 砂浜はウミガメだけでなく、私たち社会にも大きく関係しています。外洋に面した砂浜には、沿岸流によって作り上げられる沿岸砂州があります。この沿岸砂州は砂浜と対になっており、波浪や潮位変動によって砂の交換をしながらお互いを形成しています。
 台風など波浪時には沖の沿岸砂州が砕波し、緩やかな傾斜の砂浜が静かに白波を吸収するという、海と陸の緩衝材でもあり、防災としても機能しています。
 さらに沿岸砂州の浅瀬域は、私たちの日本の食卓を長年支えてきたイワシ、サバ、アジなどの近海の魚種の生育場でもあり、砂を含む様々な物質交換が砂浜では常に起きて生命を育んでいるのです。一見、単調に思われがちな砂浜は、実に動的な環境なのです。
ウミガメ(3)今村
アカウミガメの産卵調査
 

表浜海岸の指標アカウミガメ

 私たちは、アカウミガメを表浜海岸の指標として見守っています。アカウミガメは生涯のほとんどを海中で過ごしますが、産卵時には必ず陸に上がらなければなりません。
 しかし、ウミガメの四肢は海の生活に適したヒレ状化し、陸上を上手く進むことができません。アカウミガメは日中の賑わいが静まった夜に、海から砂浜を目指して上陸します。海中から出ると、浮力を失った重い体を押し寄せる波に押され、緩やかな砂浜の斜面を進みます。前肢と後肢で交互に砂地を押し出しながら重い体を引きずりながら浜奥を目指します。もし、これが柔らかい砂浜でなかったならば、ウミガメはこのように進むことができないでしょう。
 高潮や波に流される恐れのない、産卵の条件に満足できる安定した緩やかな傾斜の砂丘を探します。場所に満足すると、体を支えるように身が沈む穴(ボディーピット)を前肢で掘り出し、ほどよく体が支えられるまで沈ませたら、後肢を上手く使い産卵巣を掘り出すのです。その作業は見事で、後肢のヒレをまるで手のように丸めて使い砂を掘り出しながら掴んだ砂をすくい出し、そして別の後肢を掘り出している穴に入れる時は、丁寧に周りの砂が落ちないように払いのけてから作業を続けます。
 砂の特性を熟知した一連の作業を見ていると、ウミガメの遺伝子の中にまで砂浜との関係が浸透していることが理解出来ます。砂浜が一連の産卵行動の条件を満たしていれば、他の生物や植物も保たれた健全な海浜環境と評価できるのです。
ウミガメ(4)今村

(JAWAN通信 No.94 2009年9月25日発行から転載)

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