地球温暖化とエネルギー危機の視点から

安藤 満 富山国際大学

 現在米国型資本主義は世界大恐慌以来の惨状で、暴走した米国の金融破綻に端を発した世界経済の大混乱が起こっている。経済の混迷は生活の破壊に繋がるだけでなく、自然や環境の保護にも強く影響すると予想される。脆弱な自然の中での掘削から都市における燃焼まで環境汚染の原因を為してきた石油についても、経済の先行き不透明感のため高騰していた原油価格が急落し、現在ニューヨーク市場で1バーレル(原油単位:約159リッター)60ドル台で推移している(2008年10月29日時点67.50ドル:因みに2003年初頭は20〜30ドル)。原油高騰は決して一過性のものではなく、キャンベルやシモンズら石油関係の専門家による予測「石油の生産ピークは2005年」「2010年過ぎには石油生産が減退し始め、2015年頃には石油や天然ガスを含むエネルギー源の全炭化水素生産が減少に転じる」が背景にあり、個人的には世界経済の減速がエネルギー危機を遠ざけてくれればと案じている。急速な石油やエネルギー価格の高騰は、冬場に向かい暖房が必要とされる生活を直撃し、生活費の増加、維持管理費の増大、産業や農業経営の圧迫など、多大な影響があると予想されるためである。
 生産のピークを迎えた石油に代わるエネルギー資源として天然ガスや石炭利用が進められているが、いずれも化石燃料であり燃焼に伴う二酸化炭素の放出が避けられない。特に比較的豊富な石炭へのシフトは、当面止むを得ない処置であるとはいえ、大気汚染物質と二酸化炭素の放出を急増させると予想されるため、地域環境と地球環境にとっては憂慮すべき事態になるであろう。石油ピークを迎え石油需要に供給が追いつかない需給バランスのずれは、エネルギー資源の高騰を招き温暖化に対する社会的適応能力を弱める可能性が強い。このため早急な対応を必要とされている温暖化に対する緩和策は、より制限されたものにならざるを得ない。エネルギー高騰と地球温暖化はいずれも、これまで人類が経験したことのない解決の困難な課題と言える。
 地球温暖化は特別な現象ではなく、地球史の中で普通に起こってきた現象である。水蒸気、二酸化炭素、メタンなどの温室効果ガスは、火山活動由来のガスとして太古の昔より常在していたガスであり、これらのガスによる温暖化も地球の常態であったといえる。原始地球においては大気中には高濃度の二酸化炭素や水蒸気が存在し、極端な温暖化が起こっていたと考えられている。現在の金星が高濃度の二酸化炭素により灼熱地獄となっているのと良く似た現象である。
 理論的に太陽定数(太陽放射:1370W/m2)と地球断面積から求めた地球の放射平衡温度は−19℃であるが、実測の地球全体の地表温度は+14℃である。この間の気温差+33℃は地球温暖化によってもたらされている。全面凍結の地球ではなく、生物の生存できる地表温度が実現しているのはこのような温暖化のためである。「温暖化」とは、「既に温暖化している状態がさらに加速していくこと」を意味している。近い将来、温暖化は気候帯を変化させ、地域、季節毎に異なった気象現象を伴いながら進行していくと予想されているが、モデルによる予測不可能な部分が多く存在している。気候変化に伴う環境への影響、特に湿地生態系への影響や水の循環については、影響の大きさに比べ相互作用の複雑さの故に正確な予測は困難であり、今後の解析が必要とされる。
 現在の気候変化をもたらす主要な原因は、産業革命以来の化石燃料の大量消費による二酸化炭素濃度の増加とされているが、二酸化炭素は生物が呼吸により放出する正常なガス成分であり、大部分は呼吸や自然の過程に由来している。自然由来の二酸化炭素は植物の光合成や海洋の吸収により、放出と吸収のバランスが取れ安定した循環を示してきた。
 キーリングらが赤外線ガス分析器を用いてハワイのマウナロアにおける二酸化炭素の濃度の観測を1958年に開始して以来、二酸化炭素濃度の季節変動と経年的増加が注目された。世界の二酸化炭素濃度の季節変動については、植物の光合成の盛んな夏場に低下し、光合成が低下し暖房用に化石燃料の使用が増える冬季に上昇することで説明できる。その後、南極やグリーンランドの氷床中のガス分析、メタンや亜酸化窒素等他の温室効果ガスの増加、GCMモデルによる気候変化のシミュレーション結果等から、将来にわたり大気中二酸化炭素の蓄積は加速し、その温室効果による地球温暖化が予測され、対策が急がれる現状に至っている。 
 既に1906年から2005年の100年の間に0.74℃の気温上昇が起こっており、大陸氷河の融解や海面上昇を引き起こし、自然や社会に対する様々な温暖化影響がみられている。温暖化の影響は気温上昇のみならず、気候の不安定化に因る台風・サイクロン・ハリケーン等の暴風雨被害(ハリケーンカトリーナによるニューオーリンズの大災害の例)、夏季の高温、多湿、乾燥、豪雨のような極端な気象による気象災害として顕在化しつつあると考えられている。

 図に「気候変動に関する政府間協議」(IPCC)の第4次報告書(2007)の温暖化予測を示す。図に示すように、温暖化による気温上昇は経済発展の程度により左右され、環境保全と経済発展を調和させた環境保全型経済(B1)の下では、21世紀末の気温は1980〜1999年に比べ1.8℃(1.1℃ 〜2.9℃)の上昇に収まるとされている。一方現状の経済成長を化石エネルギー源重視のまま持続した場合(A1F1)、気温上昇は4.0℃(2.4℃〜6.4℃)にまで達するとされている。個人的にはこの経済優先の状況が続けば、化石エネルギー資源の早期減耗をもたらすため、到達する以前に人間社会が崩壊すると考えている。
 温暖化は海洋よりも陸域で促進されるため、温暖化の程度が著しいのは北半球高緯度地域であり、温暖化の程度が少ないのは海洋と南半球である。既にシベリアからアラスカにかけての北極海の海氷が予想を超えて減少し、このまま進行すると今後10年で北極海の海氷が消滅する恐れがあると指摘されている。このため白クマに代表される海氷に依存した生物種の絶滅や陸域の永久凍土帯の自然生態系破壊が進むと危惧されている。永久凍土帯には湿地生態系に生存する動植物が広く分布しているため、大規模な変化が湿地生態系の荒廃に繋がる可能性も考えられる。
 人にとっては、温暖化により夏季の最高気温が上昇すると、世界的に著しい猛暑が襲来し易くなり、温度への適応能が低下している高齢者や疾病に苦しむ人にとって大きな負担となる。資源の限界に突き当たりつつあるとはいえ、地球の過去の貴重な遺産である石油・石炭等の化石燃料の消費は、社会の近代化と急増する世界人口を支えた物質的背景である。輸送手段の安価かつ大規模な利用とエネルギーの集中は、世界的に都市化による都市居住人口の急増をもたらした。都市のエネルギー消費の巨大化と人工的構築物の集中は、ヒートアイランド現象の加速を促進し、温暖化とともに都市気温を上昇させている。夏季の熱ストレスやエネルギー危機は、都市住民特に適応能の低下しつつある高齢の住民に大きな負荷となる恐れがある。今後の対応策が急がれる所以である。
 既にローマクラブとレスター・ブラウンが、市場経済に従い資源の限界を無視した経済成長一辺倒の生き方は行き詰まり、人の社会は無論のこと地球生態系は崩壊せざるを得ないとの考えを打ち出している。地球温暖化と石油ピークを吟味すると、人類社会の崩壊を止めるためには、地球の限界を認めた生き方に切り替える必要性が出てくる。ただ現人類が限界を認識できるほど賢い動物かどうか、残念ではあるが今のところ確信が持てない。国内外に市場経済万能の考えが蔓延しているためである。現にアメリカ政府は環境保護の観点から制限していたアラスカの天然ガスや石油採掘を、幅広く認める方向へ転換している。ロシア政府や北欧諸国も北極海の天然ガス、石油資源開発に血眼になっている。環境の危機を招き資源の制約を無視した市場経済万能の考えは改めなければ人類の未来はない。

(JAWAN通信 No.92 2008年12月25日発行から転載)


>> トップページ >> REPORT目次ページ